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第472話 凍蝶(21)
お化け屋敷は、現代風の廃病院などの設定ではなく、見るからに安っぽい作りの井戸があり、模造の柳があり、ろくろ首や鬼婆が登場する昔ながらのもののようだ。だからさして人気もなく、数人しか並んでいない。入る時は1人ずつだが、そう間隔を開けずに入場させているので、中で合流するのは容易だろう。次の次が自分たちの番、と言う時になって和樹が言った。
「大学の友達に聞いた話でさ。ここじゃなくて、もっと大きい遊園地のお化け屋敷はね、暗視カメラがある部屋があって、怖がってるところを内緒で写真撮られるんだって。」
「ああ、絶叫系のでもあるよな。その写真を出口のところで販売するんだろ?」
「そうそう。でも、その先輩もその彼女も全然怖がらなくて、それどころか、暗いのをいいことにあちこちでキスしてたら、まんまとそれ、写ってたらしいよ。」
「へえ。」
和樹の番が来て、入って行く。間もなくして、涼矢が。入ってすぐのところで和樹が待っていて、2人で並んで歩き出した。
最初は落ち武者の人形が壁から飛び出してきた。多少驚きはしたが、怖くはない。それでも涼矢は和樹の手を取って、繋ごうとした。
和樹はそれを拒む。「さっきの話、聞いてたかよ。」
「は?」
「だから、写真撮られるかもって。余計なことするなよっていう意味で言ったの。」
「手ぐらいいいだろ。そもそも、写真なんか撮らないと思うけど。ここ古いし。」
「……手だけな。」それなら万一写ったとしてもそこまで目立たないだろうと、和樹は許可する。
薄暗い中を歩いていく。番町皿屋敷、牡丹灯籠などがイメージ元と思われる女の幽霊もいれば、唐傘お化けやのっぺらぼうのような妖怪の類も出てきた。どれもこれも安っぽい作りもので、火の玉風の何かがひゅうと頭上を通り過ぎた時には、何故だか2人で顔を見合わせて笑ってしまった。
「俺がついているから、大丈夫だよ。」わざと和樹が言う。
「こわぁい。」涼矢もわざと返す。そして、手を握る力を強めた。そんなに強く握るなと文句を言おうとする和樹の顔を素早くとらえ、キスをした。
「ば、馬鹿っ。」和樹は反射的に空いている右手でつきとばしたけれど、左手は繋いだままだ。
「お化け屋敷なんだからさ、多少はドキドキしないと。そのために来たんだろ?」
「違うし。お化け屋敷なんて久しぶりだなと思っただけだし。」
「薄暗いところで2人きりになりたかったんじゃないの?」
和樹は「違う」と言いかけて、やめた。「早く先に進まないと、次の人に追いつかれる。」と言いながら歩き出す。だが、涼矢と繋いだ手は、やはりそのままだ。その指先にきゅっと力が籠められる。
「ここもいいし、観覧車もいいけど、昼前に英司と乗ったやつも、薄暗いし、二人乗りだったよ?」
「誰もそういうのに乗りたいとか言ってないだろ。」
「違うの?」
和樹は立ち止まる。「違わないよ、しつこいなぁ。いちいち言うなって、そういうこと。」
やがて2人は無事に外に出た。外はまだ明るく、薄暗い室内から出ると眩しい。結局写真などは撮られていなかった。
「だったらもう1回ぐらいキスすればよかった。」と涼矢がボソッと言ったのを、和樹は聞こえないふりをしてやり過ごした。
「その、二人乗りのって、どれ。」和樹は園内マップを広げた。涼矢が示した場所は、現在地からは遠い。だが観覧車は近いから、それに乗ってから観覧車に行こう、と特に話し合ったわけでもないが、自然と決まった。
英司と乗ったジャングル風の装飾の中をゆっくりと巡るアトラクションは、涼矢にとっても初体験のように思えた。英司と乗った時は話ばかりしていた。時折英司から投げかけられる質問も、話半分で答えられるようなことではなかった。だから、アトラクションとしてはちっとも楽しめていなかったのだ。作り物でも、大好きな動物たちを見て、楽しげにしている和樹の横顔を見て、改めて思う。今は楽しい。やっぱりジャングルかどうかなんてどうでもいいには変わりないけれど、楽しそうに笑う和樹といるこの時間が、ただひたすら楽しい。
それから観覧車へと移動した。これはなかなか盛況で、最後尾につくと、そこから30分待ちだと係員に言われた。それを了承して、待つことにした。数組前にはカノンがいた。目が合って、一緒に乗るかというジェスチャーをされた。ひとつのカゴは6人乗りだが、カノンたちは4人だったから、和樹たち2人なら乗り込めるという意味で誘ったのだろう。だが、和樹は首を横に振った。カノンも特に冷やかすでもなく、頷くのみだった。
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