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第473話 凍蝶(22)

 カノンたちが順に前に進んでいく様子を見るでもなく眺めていると、彼女たちは乗り場のすぐ手前で立ち止まった。何をしているのかと思えば、そこにはカメラマンがいて、写真を撮ってくれているようだ。前回はそんなサービスはなかったはずだ。和樹はハッとして、出口のほうに目をやる。そこには案の定掲示板があり、写真が数枚貼り出されていた。乗る前に撮影した写真は、約10分間の乗車時間のうちにプリントアウトされ、日付入りの記念台紙に納められ、欲しい人は購入できる、ということのようだ。  見ていると、家族連れは購入していくことが多いが、若者グループなどはちゃっかり自分のスマホで掲示の写真を撮影して、購入せずに去って行く。ああして購入されないままの写真はどうなるのだろう、と和樹は思う。当然他人が買うものでもないから、いつかは廃棄処分されるのだろうけれど、だったら最初から撮影しなければいいのにとも思う。現にカノンたちの次に並んでいた中年カップルは、撮影自体を辞退していた。買うつもりだったものの、気に入らない仕上がりだからやめた、というのならともかく、自分のスマホで撮る程度には気に入っているのであれば、購入するのが筋だ。……いつまでも引き取り手のない写真をぼんやりと眺めながら、そんなことを考えた。そして、そこに自分と涼矢の写真が晒されている図を想像した。 「あれ、どうする? 写真撮ってくれるみたいだけど。」と和樹は涼矢に聞いた。 「どうするって?」 「あそこで撮ってもらって、出口のところで買えるんだよ。ほら、あっちに貼り出されてるだろ。でも、断ってる人もいたし。嫌なら別に。」  涼矢はボディバッグから眼鏡を出して、和樹の言った「出口のところ」を見た。「ああ、ああいうのか。記念写真的な。」 「この距離だと見えない?」不意打ちの涼矢の眼鏡姿にときめきを覚えながらも、それを押し隠して、平静を装う和樹。 「うん。なんか掲示板があるなぁっていうのは分かるけど。」 「で、どうする?」もう、次は2人の番だ。 「撮ろうよ。」  すぐに「お写真、お撮りしてまぁす。そちらにお立ちになって下さぁい。」と愛想の良い若いカメラマンが声を掛けてきた。その言い方からするとデフォルトの選択肢は「撮影する」ことになっているらしい。システムを理解せずに、言われるがままにしていると、気がつけば買わなくてもいい写真を買わされるというわけだ。もちろん、今の2人は理解した上で指定された場所に立った。「はい、では、こちらをご覧くださぁい。」カメラマンは手招きのような仕草をする。「もう少し寄っていただけますかぁ?」  2人はぎくしゃくと肩を寄せ合う。「はーい、ではにっこり笑ってぇ。」和樹がピースサインを出すと同時に、涼矢がその肩に手を回し、ぐいっと引き寄せた。和樹は思わず涼矢を見てしまったが、カメラマンは動じることなく「あっ、こちら見てて下さいねえ。では撮りまぁす。」と指示を出す。和樹が肩の手を気にしつつもなんとか笑顔を作ると、シャッター音が響いた。  観覧車はゆっくりと上昇を始めた。今は向き合って座っている。 「いきなりあんなことするんじゃねえよ。」と和樹は窓の外を見ながら不平を言った。 「嫌だった?」 「嫌じゃないけど。心の準備ってもんがあるだろ。だいたい、おまえのほうが嫌がるかと思ってた。」 「写真を?」 「そう。断るんだろうなぁと思ったら乗り気だし。その上あんな。」 「だって和樹は撮りたかったんだろう?」 「別に、俺はどっちでも良かったよ。ただ、貼り出されるのは恥ずかしいかなって思った。カノンたちに見られるかもしれないし。」 「はは、そういうことか。」 「なんだよ、そういうことって。」 「和樹さ、写真撮ってくれる、とか、出口のところで買える、とか。そういう言い方してたから。」 「それが何なの。」涼矢の方を見た。 「嫌だったらそんな言い方にならないだろ? 写真を"撮られる"とか、撮ったら"買わされる"とか、そういう迷惑そうな言い方になるだろ? でも、和樹はそうじゃなかった。だから撮りたいのかなぁって思ったけど、なんか奥歯に物挟まってる感じもした。……そっか、あれは恥ずかしがってたのか。」涼矢はさっき見た和樹の表情を反芻する。それから図星を指されて赤面している、今の和樹を見つめた。「可愛いね。」 「ばっ……。」 「馬鹿にしてないよ?」涼矢は微笑む。「ホント可愛い。」眼鏡の奥の目を細めて、和樹を見る。  和樹は涼矢から視線を外し、手で顔の下半分を隠した。「やめ。」 「ねぇ、次は騎乗位でしようね。」 「黙れ。」 「好きなんだろ?」顔を傾けて、覗き込むようにして、涼矢が言う。 「るせ。風景見ろ、風景。それ見るための乗り物なんだろ、観覧車は。」それは前回涼矢が発したセリフだ。 「覚えててくれてありがとう。」  和樹は落ち着かない様子で足を組み替えた。 「俺も覚えてるよ。和樹は、恋人は隣に座るもんだって言ってた。」 「……じゃあ、隣に来ればいいだろ。」 「やめとく。」  和樹は思わず「えっ?」と声に出す。「なんで。」 「カノンたちから見えそうだから。」涼矢は斜め上を見た。2つ置いたその先のカゴに乗っているはずのカノンは、今のところ目が合うことはないが、角度によっては、確かに見えてしまいそうだ。

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