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第474話 凍蝶(23)
「やっべえな。」と涼矢が髪をかき上げた。
「何が。」
「今、すっげ、エロいことしたい。」
そんなセリフのタイミングで、観覧車は一番高いところに到達し、やがて下降し始めた。前に来た時は2回乗った観覧車。1回目は定員一杯の6人で。2回目は2人だけで。頂上に差し掛かった時には口づけを交わした。あの時はもう暗くて、ほかのクラスメートは退園ゲートのほうに行っていて目撃される心配はなく、だからそんなこともできた。涼矢がそうであるように、和樹もその時のことを思い出していた。
「できっこない状態で言うなよ。」
「もしかして、同じこと考えてた?」
「だからこういう時に2人きりってのは、まずいんだよ。」
「和樹だろ。和樹がデートモードだとか言って柳瀬追い払って。」
「そうだよ。けど、仕方ないだろ。」
「何が仕方ないんだよ。俺はちゃんと断っただろ。」
「だってあの時は。」和樹はそこで言いよどんだ。
「なんだよ。」
「……2人になりたかった、から。マキは変なこと言うし、席に戻ったらおまえは柳瀬と2人でどっか行っちゃってるし。なんか、心細くて。」
「え。」
「あ、嘘。今のなし。」
「心細い?」
「繰り返すんじゃねえよ。忘れろ。」
「もう遅い。」
「忘れろ。」
涼矢はニッと笑った。「分かった。忘れる。」
「嘘ばっかり。」
「もう忘れた。」
「ああ、もう。」和樹は両手で顔を覆った。「俺、こんなんじゃなかったのに。なんなんだよ、これ。」
「俺はずっと不安だったよ。みんなと会うって決まった時から。今日、ここに来てからも、みんなの前でうまくやれるかどうか怖かった。変な風に思われたらどうしようって、気になって仕方なかった。」和樹は顔を上げた。じっと自分を見つめる和樹に、涼矢は続ける。「でも、おまえがいたから、来られた。お礼詣りもできたし、記念写真も撮れた。話せなかった奴ともちゃんと話せた。良かった。」後半は独り言のように言い、自分の言葉に頷く涼矢だった。「ありがとな。」
和樹はそれに何か返そうとしたが、うまい言葉が見つからないうちに、降車位置まで来てしまった。2人は順に降りる。
観覧車の出口を出ると、そのすぐ近くにある掲示板には、例の写真が並べられてある。そして、その前にはカノンたち4人の女子グループがニヤニヤしながら立っていた。その光景は予測していたし、冷やかされる覚悟もしていた。
「素敵な写真ね。焼き増しできるんだったら私も買おうかな。」と、2人が写真を確認するより先にカノンが言った。
とりいそぎ返事はせずに写真を見た。予想通りと言えば予想通りだが、意外な点もあった。恥ずかしそうに赤い顔で硬い笑顔を浮かべている和樹と、その肩に手を回して微笑む涼矢。涼矢って、こんな風に笑う奴だったかな。和樹は眼鏡越しの涼矢の表情をしげしげと見た。この時の和樹は抱き寄せられた肩の手ばかり気にしていたが、思いのほか、顔同士も近い。「頬寄せ合っている」と言っても過言ではないほどだ。和樹の目には、揃いのピアスがやけに目立っているように見えて仕方がない。
「買う?」と涼矢が和樹に聞いた。
「買う。」
「俺も買お。」
2人の会話を聞いていたカノンが、「だったら1枚だけ買って、コンビニでコピーすればいいじゃない? 私たちなんかスマホで撮って済ませちゃった。」と言う。それでカノンたち4人の写真は、掲示板から外されていないのか、と合点が行った。
「写真をまたスマホで撮ったら、画質が悪くなる。データも欲しいし。」涼矢が言った。購入すると、1枚ごとにシリアルナンバーがつくようで、そのナンバーで指定のURLにログインすると、写真データをダウンロードできる……そんな仕組みがあるようだ。そのナンバーは購入しないと手に入らないし、1度きりしか使えないから、カノンたちのような「タダ乗り」した場合には得られない特典というわけだ。
「俺も。ピノスケのフレームがいいし。」ピノスケは、ここPランドのマスコットキャラクター。購入するとピノスケのイラストがついた台紙に入れてもらえる。
「ウケる。ピノスケ好きなの?」とカノンが言う。
「そう。好きなんだよ。」和樹と涼矢は受付カウンターに行って、1枚ずつ写真を買った。代金を支払って振り向いた時には、カノンたちは姿を消していた。次の乗り物へと興味が移ったのか、和樹たちに気を使ったのかは分からない。
ピノスケは恐竜の赤ちゃんという設定で、頭に卵の殻を被っているのがチャームポイントだ。もちろん、和樹はそんなキャラクターが好きなわけではなかった。欲しい商品にはきちんとその対価を支払うべきだと思うから。スマホで撮ればタダで済むなんていう、ケチくさいズルをしたくないから。そんな正論を、正論だからこそ、カノンには言いづらかった。
「これが好きなのか?」涼矢は納得いかない顔で、フレームのピノスケを指差した。
「好きじゃないよ。ちゃんとまともな代金払って買いたかっただけ。コピーとかじゃなくて。」
涼矢はそれを聞いて、うん、と頷いた。「俺も。」
「欲しかったのは本当だよ。」和樹はちらりと涼矢を見る。「涼矢が眼鏡かけてるとこの写真、初めてだし。」
「いつでもオカズにして?」
「バーカ。」和樹は写真をバッグにしまうと、時計を見た。「やべ、そろそろフードコード行かなきゃ。」
「4時集合だっけ。」
「そう。」
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