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第475話 凍蝶(24)
フードコートに着くと、カノンたちが既にいた。柳瀬と宮野もいる。
「超ラブラブなんですけど。」宮野は2人に向かって笑ってそう言った。何を言い出したかと思うと、彼らの中心にはスマホがある。
「ごめん、見せちゃった。」とカノン。
「何を。」和樹はスマホを覗き込んだ。見えたのは、さっき買った、自分と涼矢の写真だ。「あ、おまえ、だめだろ、こういうことしちゃ。」思わずカノンを「おまえ」呼ばわりする和樹だった。
「勝手に撮ったから? 別にいいじゃない、良く撮れてるし。高いお金出して買ったぐらいなんだから、自分だって気に入ってるんでしょ?」とカノンが言った。
「だめだって言ってんのはそこじゃなくて、人の写真を勝手にまた別の人に見せることと、タダで済ませようってとこ。これ、商品なんだからさ。」さっきは言わずに胸にしまった言葉を言ってしまう。
「和樹ったら真面目。そんなキャラだったっけ。」カノンはスマホをしまおうとする。
「それ、消せよ。俺たちの写真。」
「エミリにも見せちゃだめ?」
「だめ。」
「でも、もう送っちゃった。ごめん。」カノンは、漫画なら舌をペロッと出しているだろう、気まずそうな照れ笑いを浮かべた。
「マジかよ。」
「ごめんってば。」
「もう。」和樹は椅子に座る。間にひとつ空席を置いて、涼矢も座った。「ていうかさ、エミリにそんな写真送る意味が分かんないよ。」
「だっておもしろいもん。」
「おもしろがってんのかよ、ひっでえなあ。」和樹は笑う。
「この涼矢、やけにイケメンだし。」カノンは、写真を削除するために操作していたはずのスマホの画面を指差す。それから本物の涼矢を見た。「あ、そうそう、それ。その眼鏡、似合うよ。イケメン度が2割増し。」
そう言われて、涼矢は眼鏡を外した。
「あ、ちょっと。なんで外すのよ。人がせっかく褒めてるのに。」
「えー、俺も黒縁にしようかなぁ。」宮野は自分の眼鏡のつるをいじる。銀色のフレームだ。
「あんたはそういう問題じゃないから。」マキが言う。マキもいたことに和樹は今更気付いた。
「和樹的には?」カノンが和樹に問うた。
「何が。」
「眼鏡かけてるほうがいいよね?」
「えっ。」和樹は動揺してしまう。「いや、まあ、うん。そう、かな。いや、別にどっちでも。」あからさまに挙動不審になってしまっていることは、自分でも分かった。
「和樹も眼鏡のほうがいいってよ?」カノンがニヤニヤしながら涼矢に言った。
「知ってる。」涼矢はボソリと答えた。
「何よ、知ってるって。」
「和樹が俺の眼鏡」
涼矢が話しかけている声を遮り、和樹が言った。「おい、余計なこと言うんじゃねっつの。」
「バレバレだし。」そう言ったのはマキだ。
「だったら、かけてあげたらいいじゃない。」カノンが涼矢に言う。
「出し惜しみしてる。」涼矢は淡々とそう答えた。「飽きられると困るから。」
カノンが笑った。カノンだけではない。いつの間にか周辺には続々とメンバーが集まってきていた。
「飽きられない工夫かぁ。なるほど。」マキが言う。「確かになぁ、つきあってるうちに手抜きしちゃうもんなぁ。」中空を見て、ハァとため息をつく。「そういう工夫もしなくちゃだめかぁ。」
「だめってことはないと思うけど。」涼矢はまたもボソボソと言う。
「最初はこっちだって一生懸命おしゃれしたりするけどね、慣れてくると面倒で。ねえ?」マキはカノンに同意を求めた。
「そうでもないよ。こう見えて私、何回目のデートでも結構気合入れるタイプ。」
「あ、裏切り者。」マキは笑う。「それ、カノンは長続きしないからでしょ。私だって3ヶ月毎に相手が変わるなら、フレッシュな気持ちで、手抜きする暇もないわよ。」
「ひどーい。」カノンはわざとむくれた顔をするが、そう怒ってはいない。「それ言うなら、涼矢たちは遠距離だから新鮮さが続くんじゃないの。」
「いちいち俺らを巻き込むのやめて。」と和樹が苦笑する。
「ねえ、和樹、夏は帰省しなかったの? それとも、声かけてくれなかっただけ?」カノンが突然切り出した。
「今回が初めての里帰り。」
「え、じゃあ、涼矢とはどうやって?」
「向こうが東京来た。」
「そんなしょっちゅうじゃないでしょ?」
「そうだね。2回だけ。」
カノンはマキと目を合わせる。「やっぱり、たまぁに会うってのが、長続きの秘訣なんじゃない?」
マキはそれに返事をしないで、和樹に聞いた。「そういう時って、都倉くんちに泊まるの?」
「またそういうことを。」和樹は半ばあきれつつも、開き直って笑顔で返した。「そうだよ。ホテルじゃ不経済だろ。」
「そっか、じゃあ俺も泊めてよ。センター試験の時。」そんなことを言い出したのは英司だった。
「東京の大学、受けるの?」
「うん。神奈川の大学も。」
「頑張れよ。泊めないけど。そもそもこの時期なら、もう宿、取ってるだろうが。」
「そんなのキャンセルすればいいだけ。食費ぐらい払うからさ。」
「やだね。」
「ずるいな、涼矢ばっかり特別扱いで。」
「当たり前だろ。」
英司はそこで言葉に詰まってしまう。それを見て、なんだよ、と和樹が言った。
「や、なんでもない。」それまで立ったまましゃべっていた英司は、そそくさと移動して、奏多の隣に座った。かと思うと、もう和樹の方を見ることもせずに、奏多に話しかけている。その行動に和樹は軽い苛立ちを覚えた。涼矢の話からなんとなく察せられたけれど、やはり英司はまだ俺たちのことを完全には受け入れていないのだ。いっそ冷やかすでも、からかうでもしてくれれば、反論がてら言葉を尽くして分かってもらうこともできるのに、その前にこうしてスッと身を引かれてしまうと、取りつく島がない。
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