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第476話 凍蝶(25)

 そんなことを思っているとミナミがトイレから戻ってきて、柳瀬が人数を確認した。「全員いるよな。これからどうする? このままここにいてもいいけど、時間ある奴はカラオケでも行くか?」  行こう行こうと盛り上がる者、苦手だから嫌だと言う者、みんなに合わせると丸投げする者。口々に好き勝手なことを言う。 「柳瀬は時間あんのかよ。」と和樹が言った。 「予備校の宿題やんなきゃだし、8時ぐらいまでかなぁ。まあ、もっといられる奴は好きにしていいけど。」 「私はそこまでいられないかな。うち遠いから。カラオケってこの近くにあるの?」マキが言う。 「ちょっと調べる。」柳瀬がスマホで検索を始めた。「ああ、駅前に1軒あるな。」 「駅かぁ。私とミナミはバスだからなあ。」と、またマキ。バス停はPランドのすぐ近くにあるが、電車の駅となると徒歩15分ほどかかる。電車以外の交通手段で来た者にとっては少しばかり億劫な距離だ。 「カラオケ行く人は何人?」奏多が仕切り始めた。手を挙げたのは3人ほどしかいなかった。「和樹たちは行かないの?」 「どっちでも。」涼矢には確認せずに和樹が答える。 「どっちでもいいって奴も手を挙げてよ。」奏多がそう言うとパラパラと手が挙がる。和樹と涼矢も含め、全部で6人。「半分ぐらいか。どうする、柳瀬?」 「いっぺんここで締めようか。で、カラオケ行く奴は移動。後は残るか、帰るか、お任せ。いいかな、それで?」 「え、女子、私だけ?」とカノンが言う。手を挙げた6人の内で、カノンだけが女子だった。「だったら、やめとこうかな。」 「帰り送るけど。方向同じだろ?」と和樹がカノンに言った。「俺たち、車だから。」 「いいの?」 「だからさ、そういうの、先に俺に言えよ。おまえの車じゃないだろ。」涼矢が割って入る。 「だめ?」カノンが、今度は涼矢に言う。 「いいよ。いいんだけど、いっつもこいつ、事後承諾で。」 「いつもってほどじゃないだろ。久家先生ぐらいだろ。他にあったっけ?」 「バーベキュー。」 「あれは先にお伺い立てたじゃないかよ。」  言われてみればそうだった。涼矢は口籠もる。それを言うなら、自分だって、和樹に悪いなと思いながらも、勝手に千佳や哲を乗せた。久家の時だって、状況を考えれば、和樹が久家を誘った心情は十分に理解できた。 「そんな揉めるなら、別にいいから。普通に電車で帰るし。」カノンが困り顔で言った。 「あ、ごめん。送るのは全然構わないんだ。気にしないで。」涼矢が慌ててフォローする。 「でも、あんたたち2人の邪魔になるし。やっぱり遠慮しとくわ。」 「柳瀬も乗せていくよ。それなら気詰まりじゃないだろ。あいつん家、近所だから。」涼矢はとっさにそう言った。千佳の時のことを思い出したのだ。良かれと思って車で送ろうとして、却って緊張させてしまった。もっとも、彼氏をとっかえひっかえしていると言うカノンが、男性恐怖症とは到底思えないけれど。 「やな」涼矢は柳瀬に声を掛けようとして、やめた。柳瀬は奏多と何やら話し込んでいた。  2人の話は、結局「カラオケはやめよう」ということだったようだ。積極的に行きたいと表明しているのが3人しかいないし、せっかく集まったのに、全員で何かする、ということもしていない。そんな理由だった。涼矢は内心ホッとした。歌は嫌いじゃないけれど、人前で歌うのは苦手だ。 「集合写真撮ろうぜ。」と柳瀬が言った。反対する者はいない。奏多が通りかかったPランドのスタッフを呼び止めて、撮影を依頼する。スタッフは快く応じて、フードコートの入口にあるピノスケ像を中心に撮りましょう、と提案した。みんながゾロゾロとピノスケ像の周りに並んだ。 「眼鏡、かけたら?」和樹が小声で言った。 「なんで?」 「きっとみんな、この写真バラまくよ。」照れくさそうに更に小声にして言う。「俺の彼氏、カッコいいと思われたいじゃないっスか。」  涼矢は微笑んで、眼鏡を取り出し、かけた。  かと言って、10人もいて全員でできることはそうない。結局フードコートの中に逆戻りした。 「今更だけど、近況報告でもしよう。」と奏多が言った。それなら、と何人かが飲み物やスイーツを買いに行く。彼らが戻ってきたところで、順に話し始めた。まずは言いだしっぺの奏多からだ。「えっと、大学では水泳はやってなくて、グリークラブに入ってます。」 「グリーンクラブ?」と宮野が言った。 「グリーンじゃなくて、グリー。男声合唱団。」 「男だけ?」 「そう。」 「大学入って、なんでわざわざ男だけのサークル入るかね。もったいない。」宮野が言った。「俺だったら飲みサーとかテニサーとか入るね。」 「その前に大学入れよ。」と奏多が切り返す。 「そうよ、宮野は何サークル入ったって同じよ。」とマキ。そして、「カオリ先生とは続いてるの?」と関係のないことをつっこむ。 「うん。」と答えると、おお、と、どよめきが起こる。「合唱も彼女に勧められたんだ。うちの大学のグリークラブ、結構有名みたいでさ。」 「女の子がいないから勧めたんじゃない? カオリ先生、案外ヤキモチ焼きなのかもね。」マキがそんなことを言って混ぜっ返す。 「そうかもしれないけど。」奏多は照れ笑いをする。「なんせ逆らうと怖いから。」と言って、笑いを取る。 「相手が年上で、しかも先生じゃ尻に敷かれるよな。」と柳瀬が言い、更に笑いが起きた。

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