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第477話 凍蝶(26)

 和樹はぼんやりと卒業式の日の打ち上げを思い出す。あの日も奏多が羨ましかった。みんなの前でカオリとの交際を打ち明けられた奏多が。それを祝福される奏多が。今、状況はかなり変わった。ここにいるメンバーは自分たちのことを知っているし、あからさまに嫌がらせをしてくるような奴はいない。けれど、今の奏多と同じ扱いとも思えない。 「じゃあ、次、幹事の……いや、幹事は最後にするか。和樹、おまえ話せよ。元はおまえの帰省で集まってんだから。」奏多が言った。うっかり不快そうな表情をしていなかっただろうかと心配しながら、和樹は表情を作り直した。そう、あの日の奏多は自分の後に涼矢を指名した。奏多に悪意があるわけではないのだろうが、どうにも気が重い。心の中で舌打ちをしながら、和樹は立ち上がる。 「今日は皆さま、俺のために集まってくれてありがとう。」和樹は芝居がかった言い方をする。宮野が「おまえのためじゃないよ。」と茶々を入れたりする。「東京での1人暮らしにもだいぶ慣れて、と言いたいところだけど、正直まだそれほど慣れてないし、大学とアパートの往復ばっかりです。大学は学祭を仕切るサークルに入ってて、イベント企画したりしてる。あとはええと。貧乏学生なんで、バイト始めました。塾講師です。あ、俺に先生なんかできるのかよとか、生徒に手を出すなとか言うのは禁止な。思ってても言わないこと!」そんな風に最後はおちゃらけて、話を終わらせる。  席に座ろうと半分腰を落とした時、「芸能人とか見た?」とマキが言う。 「そう、それ。俺もね、そこら中に芸能人歩いてるんじゃないかと思ってたんだけど、全然。あ、でも、1人だけ見たんだよ、誰だっけ、仮面ライダーに出てた人。ライダーじゃなくて、お父さん役。」 「そのヒントじゃ全然分かんないよ。」とマキが笑うと、他のメンバーもつられて笑った。 「この人。」その時、涼矢がスマホ画面を見せた。 「そうそうそう。」和樹は画面に表示されている俳優の顔を確認し、その名前を口にした。何人かが、ああ、あの俳優さんか、と口にする。脇役でよく見るけど名前が出ない人だよねえ、などと誰かが言う。 「田崎くんも一緒の時に見たの?」とマキがつっこむ。涼矢は頷いた。「どこで? 都倉くんの家の近所?」 「六本木。」 「えー、六本木! いいなぁ、なんだ都倉くん、充分東京を満喫してるんじゃない。」 「クラブとかじゃないよ、美術館。」と和樹が言う。 「美術館。……てことは、涼矢の趣味?」カノンが言った。 「そう。」と和樹が答える。「なんだよ、俺だと美術館なんてガラじゃねえってことかよ。」 「そりゃそうでしょ。」カノンが言うと笑いが起きた。「じゃ、次、涼矢の話聞かせてよ。」と続けた。 「俺? 別に話すことないけど。サークルは入ってなくて、真面目に勉強してる。」座ったまま話す。 「立ってよ。」 「今ので全部だよ。」 「そんなわけないでしょう。はい、立って。」カノンがせっついた。涼矢は渋々立ち上がる。 「で、何を話せばいいの?」とカノンに言う。 「六本木の美術館は、いつ行ったの?」 「夏、かな。夏休み。」 「和樹のとこに行ったんでしょ?」 「え……まあ。」 「他にはどんなところに行ったの? 2人で。」心なしか、2人で、が強調されているように聞こえる。 「上野。あと渋谷。」 「もっと説明つけてよ。」カノンが苦笑する。「上野動物園行ったよ、パンダが可愛かったよ、とか、あるでしょ。」 「上野は美術館と動物園。渋谷は美術館と映画。」 「美術館ばっかりね。」 「……そうだね。」 「涼矢に合わせてあげたわけね、和樹?」カノンはニヤリとして和樹を見た。 「そういうわけじゃないよ。俺も上野や六本木は行ったことなかったから、行ってみたかっただけ。渋谷はたまに行ってたけど。」 「ああ、あと、吉祥寺の。あれは動物園。」と涼矢が付け加えた。 「井の頭動物園な。動物園は俺の趣味。」 「あらそう、お互いの趣味に合わせて、楽しそうね。」カノンが冷やかした。 「東京来ることあったら、声かけてよ。」と和樹は微妙に話の矛先をずらす。 「泊めてはくれないけどな。」と少し遠い席から英司がヤジを飛ばすように言った。  和樹はさっきの苛立ちが再燃した。「そ、泊めてやるのは身内と彼氏だけー。」言い方こそ冗談めかしているが気持ちは本気で、英司を見据えて言った。  その時だ。マキが突然話し出した。「あ、そうそう、ちょっとみんな聞いてよ。私の彼氏の部屋にさ、ストッキングが捨ててあったの。それってどう思う?」  一気に話はマキの彼氏の浮気疑惑へと移った。マキの強引なほどのマイペースが、初めて役に立った、と和樹は思った。  その話題も落ち着いた後は、残りのメンバーの近況報告が続き、気が付けば2時間近くが過ぎていた。これもまたマキの「私そろそろ帰らなくちゃ。」というセリフをきっかけにして、柳瀬が立ち上がる。 「えー、じゃ最後に俺の話。知ってのとおり浪人生です。今回もダメだったら、入試直前にこんな集まりの幹事やったせいです。つまり、みんなのせいだから、責任とって俺を大事にしてくれよ。」などと言い、それからこの会のおひらきを宣言した。

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