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第478話 凍蝶(27)
ぞろぞろと退場ゲートに向かい、そこを出ると涼矢と和樹、それにカノンと柳瀬は駐車場へと向かった。前回は車で来たはずの宮野は電車で帰ると言う。理由を聞けば、1ヶ月ほど前にこすって車体に傷をつけたペナルティで、家族からしばらく運転禁止を言い渡されたとのことだった。「弟を乗せてた時だったからさぁ、母ちゃん、えらい剣幕で怒って。」
「弟って、まだ赤ちゃんの。」と和樹が言った。
「そう。チャイルドシート使ってたし、幸い怪我も何もなかったけど、さすがに俺も反省して、素直に言うこと聞いてるってわけ。自分でもちょっと運転怖くなっちゃって。」そんな風に殊勝な表情の宮野は滅多に見ることがない。
「だよな。俺はまだ免許取ってないけど、涼矢が大雨ん中、高速飛ばして来た時にはマジでビビったし。」和樹はうっかり口を滑らせた。
「そんなことしたの? 意外とワイルドだね。」宮野が涼矢に言う。
「基本的には安全運転を心がけてる。」涼矢がボソリと言う。
「基本的な状況ではなかったわけね。」
涼矢はカノンを見る。「うん。非常に危機的状況だった。」
「いろいろあるんだ、あんたたちも。」
「ありますよ。」
「それ聞いて逆にホッとしちゃう。みんなおんなじねって。」
「じゃ、俺こっちだから。」宮野が離脱して、駅に向かって歩きはじめたグループのほうへと駆け出していく。
「おう、またな。」という柳瀬の言葉は、おそらく宮野には届いていなかっただろう。
駐車場でBМWを目にすると、カノンが「わあ。」と驚嘆の声を上げた。「私、車種とか全然分からない人だけど、これが高級外車ってことは知ってる。」
「古いし、高級ラインじゃないよ。元は親父の車。」
「あっ、そうだよな。やっぱこれ、おじさんの車だよな?」と柳瀬。
「そうだよ。」
「何回か乗せてもらった。小学生の頃。運動会の帰りとか。」
「そうだっけ。おまえんちはおまえんちの車があるだろ。」
「あったけど、ポン太がうるせえし、こっちのほうが格好いい車だったから。……あ、桐生ちゃん、俺のほうが後で降りるから、奥行っていい?」柳瀬が後部座席に乗り込み、続いてカノンが乗った。
「俺より先に柳瀬を乗せてたなんて。」和樹がふざけて言い、助手席に座る。その言葉には、少しだけ本音も混じっていたが。
「乗せたのは親父。それに昔の話。」涼矢がエンジンをかける。
「ヤキモチ焼いたりするんだぁ。和樹ったら可愛いじゃない。」カノンが笑った。
「焼くよ。超焼く。なのに彼はそうでもなくてね。」和樹はふざけた言い方をした。涼矢は返事をしない。
「あ、そう言えばまた眼鏡かけてる。」ミラーに映った涼矢を見て、カノンが言った。
「ああ。集合写真撮る時、この方 がかけろって言うから。」
「やっぱり眼鏡のほうがいいと思ってるんでしょ。」
「うん。」和樹はあっさりとそれを認めた。「すげえカッコいいと思わない?」
「やっだぁ、いきなりノロケだした!」
「だって、全然ノロケさせてくれなかったもん、他の奴ら。」
「充分ノロケてただろ、騎乗位が好きとか。」柳瀬が言う。
「こら、女子の前。」和樹が柳瀬をたしなめる。
「おまえらが思いっきりマキに言ったんじゃないか。」
「あ、そうだった。」
「マキもねえ、悪い子じゃないんだけどねえ。」とカノンがため息をついた。「時々あるのよ、女子の間でも。本人が気にしてることをズバズバ言っちゃったり。みんなが言わないから、私が言ってあげるんだって、本人は思ってるみたいだけど。」
「それ、悪い子だろ。」柳瀬が笑う。
「そっか。」カノンは笑う。「ホントにね、ひどいのよ、エミリはゴリラみたいって言われてたし、私は……。」
「何? 堀田ちゃんはゴリラってバラしておいて、自分のは言わないの?」言いたがらないカノンを、柳瀬がせっついた。
「……ビッチ。」
「え?」
「ビッチって言われてたの!」カノンが切れたように大きな声で言った。「そりゃね、私、高校時代だって何人かとつきあったし、長続きしないけど、いいかげんにつきあったことなんかないのに。」
「それはひどいな。」と和樹が言った。
「ああ、さすがにそれは行き過ぎ。冗談にしても最悪。でも、桐生ちゃんのこと、誰もそんな風に思ってないからさ。」柳瀬が言う。
「ありがと。……だからね、ちょっと苦手なんだ、あの子。」
「ミナミちゃんとは仲良いよね。」
「そうね。ミナちゃんが一緒だとそこまで暴走しないからいいんだけど、でも、ミナちゃんもミナちゃんで、結構マキの愚痴をぶちまけてくる。だったら仲良くしなきゃいいのにって思うけど、そう言うと、『でも私がいないとあの子ダメだから』なんて言ってね。だったら勝手にすればいいと思っちゃった。まあね、もう卒業したし、今日みたいなことがなければ会うこともないから、別にいいけどね。」
「今だから言えるって感じですなあ。」柳瀬がとぼけた口調で言う。「女子同士ってそういうの大変そう。」
「大変よ。ドロッドロのぐっちゃぐちゃよ。」カノンは手で何かをこねまわすような仕草をした。
「ま、男でもあるけどな。宮野の奴、今日すげえ俺に絡んで来てさ。俺に彼女がいるのがよっぽど悔しいみたいで。」
「そうなの? でも、宮野はいつものことじゃない?」
「そう、俺も最初はいつもの冗談だと思ってたけど、マジでしつこくて。彼女の友達紹介しろとかさあ。俺が今どういう状況かちったぁ考えてくれっつうの。俺が冷たくあしらってたら奏多にまで寄って行ってさ、年上もいいよね、カオリ先生に頼んで誰か紹介してよ、なんて言ってるし。結局、女なら誰でもいいんだ、あいつ。あんなんじゃ、彼氏募集中の女の子がいたって紹介したくないよ。そういうの分かんないのかねえ。」
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