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第481話 Spectrum(1)
「だって悪いところないから。」涼矢は正面を見たまま言った。「ノロケてない。事実を言ってるだけ。」
「究極のノロケだよねえ、それ。」カノンは目を見張る。「彼氏に言われてみたいわぁ。」
「俺も涼矢に言われてえわ。俺、いっつも悪口しか言われない。」柳瀬が言い、和樹が笑った。
「柳瀬についても、悪口を言ってるつもりはない。事実を言ってるだけ。」と涼矢が言い、全員が笑った。
やがて車はとある交差点に差し掛かり、カノンの家の方角へ曲がる。カノンの指示に従って車を停めた。
「今日は楽しかった。なんか、いろいろ勉強にもなったし。今の彼とは長続きできるよう頑張るわ。」カノンが車から降りる。「送ってくれてありがとね。次はエミリもいる時に会いたいね。」
「うん。気をつけて。」車内の男3人がカノンに手を振った。カノンの後ろ姿を見送って、車を再び走らせる。
「あ、ねえ、この後どうすんの。」と柳瀬が言う。
「どうするって、おまえ送って、和樹を送って、家に帰る。」
「どこかで夕飯食っていかない?」
「食っていかない。」
「なんでだよ。」
「おまえ、勉強あるんだろ?」
「するけど、夕飯ぐらい良いかなって。せっかくだし。」
「だったらおまえを送り届けた後に和樹と2人で食う。」
「ひどい。おまえって本当にひどい。」
「どっちがだよ。この状況で気を使うべきはそっちだろ。」
「涼矢よ、桐生ちゃんがいた時と態度が違わねえか?」
涼矢は返事をしなかった。
「ついに無視かよ。」
「俺は別に構わないよ。」和樹が言った。「久しぶりだし、メシぐらいいいんじゃないの。」
「だよな。ほーら、都倉さんはやっぱり分かってらっしゃる。」
「チッ。」涼矢は柳瀬家に向かっていたのを、少々方向転換した。
「舌打ち? なあ、おまえ今舌打ちしたの? 最低だな。」
「さっさと食って、さっさと帰るぞ。」涼矢の車は間もなく、ファミレスの駐車場へと入って行った。
「ファミレスでいいの?」駐車場から店に移動しながら、和樹が涼矢に言う。
「こんな日に営業してるの、この手の店しかないだろ。」年の瀬も押し迫った30日だ。
「そっか。」
「……和樹と2人だったら、違うとこ行ったかもしれないけど。」和樹にだけ聞こえるように囁く。
「レストランじゃないところに連れて行かれそう。」
「さあね。」
「何2人でコソコソしゃべってんの。」柳瀬が割り込んできて、3人で団子になって入店した。
店内は混んでいたが、タイミングが良かったのか、すぐに入ることができた。オーダーをして、至って普通の食事が始まる。
「あ、やべ、連絡しとかなきゃ。」一口目を口に入れてから、柳瀬はゴソゴソとスマホを取りだす。
「家?」
「家と、ヒナ。予備校の友達とメシ食ってることにするから、何かの時には、口裏合わせよろしくな。」
「和樹は、家に連絡しなくていいの?」涼矢が隣の和樹に言う。柳瀬だけがテーブルの反対側の席だ。
「うん。夕飯まで食って帰るって言ってある。」
「だよなあ。せっかくの同窓会なんだから、もっとみんな盛り上がって、一緒に飯食って遅くなるかと思ってた。案外あっさり解散したよな。」スマホに入力しながら、柳瀬が言う。
「ごめん、俺は別にそういうつもりでもなくて。どっちにしろ、涼矢と飯食うつもりだったから。」
柳瀬がピクッと眉を上げて、和樹を見た。「はいはい、そうですか。」
「だから、邪魔なんだって。」涼矢が言う。
「都倉、きみの彼氏、ひどいんだけど。」
「柳瀬のほうがつきあい長いんだから、自分でどうにかしろよ。」
「そうだけど、涼矢は昔から俺に心を開いてくれないからさあ。」
「そんなことないだろ。めちゃくちゃ心開いているよ。涼矢がここまで好き勝手言う奴なんて、見たこと」ない、と言おうとして、哲と倉田の顔が思い浮かんだ。
「どうした、急に黙って。」
「いや、なんでもない。とにかく、おまえは涼矢にとっては家族みたいなもんなんだろ。」
「俺はそう思ってっけど、こいつは違うみたいだ。」
「涼矢だってそうだよ。そう言ってたもん。」
「言ってない。」と涼矢が言う。
「言ったよ。」
「じゃあ、忘れた。」
「ひっで。」柳瀬は笑う。「なあ、今更だけどさ。」
「ん?」和樹と涼矢が同時に言う。
「どうしてそうなったの?」柳瀬の質問に、2人の手が止まる。
「どうしてって……俺が好きんなったから。」涼矢はそう言い、水を飲んだ。
「好きんなって告白したのは分かったよ。でも都倉は涼矢のこと、そんな風に見てなかったわけだろ? どうやってそこを乗り越えたのかなって。」
「乗り越えたっていうか。」和樹は涼矢をチラリと見てから、また柳瀬を見た。「乗り越えたりはしてない。俺も好きになった、それだけ。」
「でも、友達としか思ってなかった奴のこと、そんな簡単にはさ。」
「……そうだな、簡単ではなかった、かな。でも、こいつが俺に告白したのは、もっと簡単じゃなかっただろうって思ったし。……いや、違うな、それは俺の兄貴に言われて気付いたんだ。」
「兄貴?」
「ああ。涼矢に告白された時、どうしたらいいか分からなくて、兄貴に相談した。そしたら、男が男に告白するなんて、すげえ勇気を振り絞ったに違いないから、好きになれないとしても、その誠意にはこちらも誠意をもって答えるべきだ、みたいなことを言われてさ。」
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