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第482話 Spectrum(2)
「すごい兄さんだな。俺、ポン太に相談されても、そんなこと絶対言ってやれねえわ。」
「まあ、その時、兄貴がそう言ってくれなきゃこうなってなかったから、感謝はしてるけどね。でも、その兄貴だって、完璧じゃないよ。いろいろあった。ついこの間だって……。ま、それはこっちの話。」
「いろいろあって、しかも遠距離で。よくそんなに仲良くしていられるな?」
「……仲良く、見える?」
「見えるよ。」
「マジで?」和樹は笑った。
「うん。」
「そっか。」
「ちょっと淋しい気もしてるよ。」
「何が。」
「小さい頃から知ってるのに。知ってるって思ってたのにさ、涼矢がその。そういう奴だっての、知らなくて。」
「ゲイだってこと?」涼矢が言った。
「ああ。俺にすら教えてくれなかったのは水臭いと思うし。でも、俺がその立場だったらやっぱり言えねえやって思うし。カノンが言ってたみたいに、俺がそれを言わせてやれなかったんだとしたら、悪かったとも思うし。」
「おまえは淋しいだの悪かっただの、考えなくていいよ。俺、おまえに依存もしてないし、影響も受けてないから。」涼矢が淡々と言う。
柳瀬は一瞬ポカンとした後、和樹と顔を見合わせる。「なあ、もうちょっと俺に優しくしてよ。ポン太の半分でいいから。」
涼矢は生姜焼きの最後の一口を口に入れ、しっかり咀嚼し、飲みこんでから言った。「おまえとポン太が何も変わらないでいてくれたのは、本当にありがたいと思ってる。だから、俺も今まで通りでいたい。それじゃ不満か?」
「不満だとは思わねえけど。」
「じゃ、何? こんな俺なのに受け入れてくれてありがとうって、言ったほうがいい?」
「涼矢。」和樹が服の裾を引っ張った。「それは違う。それはダメだ。」
涼矢は和樹のムッとした表情をしばし見つめると、柳瀬の方に向き直った。「悪かった。」ひょこっと頭まで下げてみせる。
「拍子抜けするほど素直だな。」柳瀬が笑う。「やっぱすげえな、都倉。」
「涼矢はさ、柳瀬に甘えてるんだよ。」和樹は苦笑いをする。「おまえなら、何言っても許してもらえると思ってんの。」
「気色悪いこと言うなよ。」涼矢は眉をひそめた。「誰がこいつなんかに。」
「ほら、そういうの。他の誰にもそんな態度しないくせに。」
「そっかぁ。甘えてるのかぁ。」柳瀬はニヤニヤする。
「そ。俺にだってめったに甘えないのにね。」と和樹。
「たまには甘えるんだ?」
「分かりにくい甘え方だけどね。」
「だろうね。」
涼矢がわざと音を立ててコップを置く。「なんでおまえらは、俺の悪口になった途端に団結するんだよ。」
「ははっ。」柳瀬が声を立てて笑った。「悪口じゃありませーん。」
「客観的事実、だよな?」と和樹も調子を合わせる。
「甘えたいならいつでもいいぜ? 話ぐらい聞いてやる。」
涼矢は苛立ちを隠さない。「うっせえよ。もう食い終わっただろ、早く帰れよ、受験生。」
柳瀬はスマホで時計を確認した。「わ、本当に帰んなきゃだ。」
再び3人は車に乗る。柳瀬の家にはものの10分で到着した。降りる寸前になって柳瀬が言った。「ああ、そうだ。これからもこういう同窓会とか、もっと大規模なやつ、成人式とかな、そういう集まりはあると思うんだけど。」
「ああ。」面倒くさそうに涼矢が言う。柳瀬が車を降りたので、涼矢は窓を開け、柳瀬の続きの言葉を待った。
「あいつには秘密にしておきたいとか、そいつには会いたくないとかあったら言えよ? なんとかするから。会いたい奴だけ集めてくれって言うなら、そうするし。」
涼矢は目を見開いて柳瀬を見た。
「なに、そのツラ?」
涼矢はハッと我に返る。「あ、いや。うん、ありがとう。」
「なんだよ、そう素直にありがとうなんて言われたら、それはそれで気味悪いわ。」
笑っている柳瀬に、涼矢は真面目な顔で言う。「大丈夫だから。」涼矢は不意に和樹の手を探ってつかみ、ボクシングの勝利者を宣言する審判のように、その手を掲げて見せた。「ちゃんと、2人で、やってくから。」
今度は柳瀬のほうが面食らって、目を見開いた。それから、破顔する。「そっか。うん。頑張れよ。」
柳瀬は家の門に手を掛けるともう一度振り返り、車中の2人に向かって手を振った。涼矢たちも振り返した。
涼矢の家は、柳瀬の家から近い。車ならあっという間に着いてしまう。
「遠回り、していい?」涼矢がそう言い出す前から、そうすることは分かっていた和樹だった。
「うん。」
「明日も、会えるしね。」だから今日は、そう遅くまでは一緒にいないでおこう。涼矢のそのセリフは、和樹に対してと言うよりは、自分に向けて言い聞かせているものだった。
「明日は、М神社? それともR寺にする?」和樹はこの周辺では規模の大きい社寺の名前を挙げた。
「神社、かなあ。R寺は除夜の鐘をつきたい人ですげえ混むだろ。まだМ神社のほうが。そうだ、あの裏にも、もうひとつ地味な神社あるの、知ってる?」
「ああ、聞いたことはある。野球部のランニング、学校からそこまで往復するって言ってた。」
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