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第483話 Spectrum(3)
「そう、それ。そっちなら少しは空いてると思うんだ。もしМ神社がものすげえ並んでたら、そっちに行けばいいし。」
「人混みが気になる?」さっきから混雑ぶりを気にしている涼矢に、和樹が尋ねた。「2人でいるとこ、誰かに見られるのが、心配?」
「……そうなったらなったで仕方ないけど、避けられるのであればそのほうがいい、かな。」
「ま、そりゃそうだな。」
初詣客は、クラスメートばかりではない。隣近所の人もいるだろうし、よく行く店の店員と出くわすかもしれない。まかりまちがえば自分の親とだって会うかもしれないのだった。恵と隆志も、毎年初詣は欠かさない。ただ、大晦日の夜中に出歩くのは寒さと眠気で億劫になったらしく、ここ数年は松の内のどこかで散歩がてらにのんびり行くのが常だから、おそらくそんな心配は杞憂に終わるのだが。
「これ、どこに向かってんの。」和樹が聞いた。
「どこってことはないけど。」
「俺んち方向ではないよな?」
「うん、逆だね。」
「拉致られてる?」和樹は笑う。
「そうしたいところだけど。」涼矢も笑う。
「なあ、今日、大丈夫だった? 行って良かった?」
「和樹は?」
「俺は……正直分かんない。マキちゃんみたいなのもいたけど、奏多にも伝えられたし。こういうタイミングを外したら、高校の時の知り合い連中とは、この先もっと会いづらくなったと思うから、その意味では良かったかも。でも、涼矢はそんなに楽しそうでもなかった……よな?」
「和樹と2人で観覧車に乗ったのは楽しかった。」
「そこじゃなくて。」和樹は笑った。
「そこだよ。和樹がいなきゃ同窓会なんか行くつもりないし、この先の、成人式だの何だのもどうでもいい。でも、おまえが行くなら行くし、おまえが楽しめたならそれでいい。」
「だからね、おまえ、そういう」何か言いかけた和樹を制して、涼矢が言う。
「ってね、今までの俺はそう言ってたと思うよ。今もそう思ってはいるけど、でもそれだけじゃないよ。俺、結構楽しんでたよ。あんな風に、大して仲良くもないクラスメートがいたって楽しかった。カノンたちにツーショット写真見られて冷やかされても楽しかった。マキちゃんや奏多にムカつくこと言われても、楽しかったんだ。」涼矢は特に何があると言う場所ではないが、邪魔にならなさそうな路肩に車を停め、ハンドルにもたれるようにして、和樹を見た。「それって、どういうことだと思う?」
「どういうことって言われても。……どういうこと?」
「今日、おまえが近くにいてもいなくても、おまえのこと考えてた。で、ずっとおまえが近くにいるような気分だった。」涼矢は和樹の手を握る。「それで、実際、観覧車で2人きりになった時、ホッとした。旅行に行ってさ、ちょっとしたトラブルがあったとしても、やっぱり旅は刺激的で楽しくて、でも、自宅に帰ってきたらすごくホッとする、みたいな感じで。そんな風に楽しかったし、で、今もホッとしてる。自分の帰るべき場所に帰ってきたって気がしてる。」
しばらく他の車が通る気配がないことを確認した上で、つないだ手をお互いに手繰り寄せ、2人はキスをした。
「行って良かったと思ってるよ。そうは見えてなかったかもしれないし、俺の言いたいことが伝わってるかどうか、分かんないけど。」
「伝わった。」和樹は涼矢の額に自分の額をくっつけた。そこからまた、涼矢の顎を引き寄せて、キスをした。
「……帰るか。」と涼矢は言い、車を発進させた。そこからはまっすぐに和樹の家へと向かった。
和樹を送り届けてから自宅に戻った涼矢は、両親がテレビを見ているリビングを通り抜けて、浴室に行こうとした。その通りすがりに佐江子が声を掛ける。
「涼矢、明日、何か予定ある?」
「初詣。」
「深夜に?」
「初詣だから、そうなるよね。」
「そっか。」
「何か?」
「アリスの店で、カウントダウンパーティーするからおいでって誘われたの。常連だけでね。私とお父さん、それに行こうと思ってて。」
「そう。」
「だからあなたも来ない?って言おうと思ったの。都倉くん連れてきてもいいわよ。」
「行かない。」
「そう言うと思った。ま、いいわ、1人じゃかわいそうと思ったけど、おデートなら、かわいそうがる必要もないね。」
アリスの店なら哲も来るのだろうかと少し気になったが、佐江子に確かめるとヤブヘビになりそうで黙っていた。そして、それよりも佐江子たちの帰宅時間が気になった。あわよくば初詣など早々に済ませて、和樹を家に連れて来られないものかと画策をし始める。だが、ここで単刀直入に帰宅予定時間を聞けば、察しの良い佐江子はその質問の意図を見破ることだろう。
「カウントダウンパーティーって、お酒飲むんじゃないの?」
「そりゃそうよ。景気よくシャンパンでも開けたいわね。」
「だったら俺、迎えに行かなきゃダメ? 車で帰れないよね。」そんなところから、帰宅時間の予測を立てる作戦だ。
「それは大丈夫。」と正継が言った。「私は飲まないでおくつもりだから。あくまでも佐江子さんのお供だからね。」
「……あ、そう。」心の中で舌打ちをした涼矢だった。
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