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第484話 Spectrum(4)

「逆に、そんなわけで明日はあの車、使いたいんだがね。」正継が言った。 「母さんの軽は?」 「あまり好きじゃないんだなあ。」 「車で行くなら、涼が軽に乗っていけばいいじゃない。」佐江子が言った。 「……分かった。」渋々承諾した。 「デートで軽じゃ格好悪いなんて、バブル時代の女みたいなこと言いなさんな。」佐江子はそう言って笑った。 「歩いて行くのも一興だぞ。R寺でもМ神社でも、小一時間で着くだろう。年末年始は表の駐車場は混むから、裏手のほうまで回らなきゃならないし、歩きのほうが案外楽だ。」 「そうそう、若いんだから。」  勝手なことを言うものだと思いながら、涼矢はその場を後にした。  一方の和樹は、大晦日の晩に出歩くことをなかなか言えずにいた。涼矢に言った通り、確かに高校受験の年、友達何人かと合格祈願に行くことは許された。中3で許可されたのだから、大学1年ともなった今、だめだとは言われまいとは思う。だが、久しぶりの帰省というのに毎日出歩いている。家族を食卓を囲むこともそう多くないのに、大晦日までとなると、恵の悲しそうな顔が想像できた。  案の定、恵が「明日の年越し蕎麦はどうしましょ。」などと言い出した。例年、年越し蕎麦はまさに「年越し」のタイミング、つまり12月31日から1月1日になるかならないかの時間に合わせて食べるのが、都倉家の流儀だった。けれど、それだと夕食を食べた後に更に深夜に蕎麦を食べることになる。宏樹や和樹が食べ盛りで、隆志も若々しい頃ならそれで良かったが、最近の隆志はめっきり食欲も落ちて、その流儀はいささか胃の負担が大きくなっていた。 「夜中はやめて、夕飯に食べるというので、いいんじゃないか?」隆志が言った。 「そうよね。」恵は頷く。「天ぷらは海老天だけでいいかしら。宏樹たちはそれじゃ物足りないかな。」ぶつぶつ言いながら冷蔵庫を開けて在庫状況を確認する恵に、和樹はようやく言った。 「あの、俺、明日もちょっと。」 「出かけるの?」 「うん。初詣。ほら、あの、高校受験の時、合格祈願に行っただろ? 今回は、大学合格のお礼参りってところかな。」 「じゃあ、夜遅くに出かけるの?」 「うん、まあ。」 「お蕎麦はどうする?」 「夕飯で食べるなら、食べてから、出ようかな。」もっと早く出かけたいというのが本音だったけれど、恵をそれ以上落胆させたくなかった。 「そう。」恵もその答えを聞いて、辛うじて納得した様子だ。  和樹はその事情を涼矢に伝え、涼矢もまた、いつもの車が出せないことを伝えた。 「それなら、歩いて行こうか。」と和樹が言う。「野球部はほぼ毎日ランニングしてた距離だろ。余裕余裕。」  自分から歩いて行こうとは言い出しにくくて、正継の提案は伝えていなかったのに、和樹のほうからそう言われてホッとする涼矢だった。  そんな経緯で、翌日はお互い夕食も済ませた後、2人の家の中間にある母校の前で待ち合わせをした。高校までは、通学していた頃と同じく、自転車で行った。 「乗ろうと思ったら空気抜けててさ、焦ったよ。」自転車にまたがったまま、和樹が言った。 「俺も似たようなもの。卒業してから乗ってないからな。」涼矢はもう、空いたスペースに自転車を止めている。 「このままチャリで行っちゃおうか?」 「上り坂だし、最後は階段だし。却って面倒だよ。」 「そっか。」和樹はそこでやっと自転車から降りて、涼矢の自転車の隣に自分の愛車も置いて鍵を掛ける。  目的の神社に向かって、歩き始めてすぐ、和樹が言う。「野球部は、階段の上まで登ってたのかね。」 「らしいよ。ちゃんとご神体も拝んで帰ってくるって言ってたから。」 「へえ。おまえ、なにげに詳しいね。」 「誰に聞いたか忘れたけど。応援団を一緒にやった奴だったかなぁ。」 「そういや涼矢って応援団とか軽音のサポートとか、あと副部長もそうだし、意外と活動的だよね。」 「自分から立候補したことは一度もないけど。」 「俺は推薦されたことがねえよ。人望の差だな。」 「されただろ。」 「何。」 「ミスターコンテスト。」 「ああ、あれか。でも、ああいうのって人望じゃないだろ。」 「いや、どんなイケメンでも、ムカつく奴だったら推薦もされないよ。人望あるって。」 「おもしろがられてるだけ。ほら、俺、八方美人なところあるし。」 「自分で言ってれば世話ない。」  ハッ、と和樹は声を立てて笑う。「それにしても、懐かし。この道。」 「うん。たまに車で前は通るけど。」 「一緒に歩くのは初めてだね。」 「逆方向だし。」 「それ知ったのも、あんな、卒業間際でな。」涼矢に漫画を読みに来ないかと誘われて。涼矢の自宅も、自分と同じく自転車通学していることも、その時初めて知った。「懐かしいな。」と和樹はもう一度言った。 「うん。」 「そのうち、遠距離だったことも懐かしいって思うんだろうね。」 「うん。」 「あれ、本当だったな、おまえが言ってた。」 「何?」 「俺が上京する時にさ。家族と過ごせって1日会えなくて。俺が文句言ったら、1日2日会えなくても、長く付き合っていればそんなの誤差だって。記憶にも残らないほどの小さいことだって。そう思えるぐらい長く付き合いたいって、おまえ。」

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