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第487話 Spectrum(7)

 2人の番が来た。Pランドのハートの石へのお礼参りに比べると、だいぶ厳かに、神妙な面持ちで祈った。 ――今年も、来年も、ずっと、2人でいられますように。  神頼みなどしないと言っていた涼矢も、こっそりとそんな願いを神様に伝えた。  それからおみくじを引く。和樹は吉、涼矢は小吉だ。 「なんか、微妙。」和樹は言った。 「小吉と吉ってどっちがいいの?」 「知らないよ。……あ、でも、見て。」和樹が自分のおみくじを涼矢に示す。「恋愛、互いを信ずれば確実となる、だって。」 「俺は。」涼矢も改めて自分の文言を見た。「行き過ぎても危うし。」 「やっぱりねえ。」 「何がだ。」 「おまえが何かと過剰ってこと。やり過ぎなんだよ。」 「あ、なんだ、そういうことか。」 「他にどういう意味があると?」 「東京にあんまり行くなってことかと思った。行き過ぎだって言うから。」 「そこまで文字通りじゃないだろ。」和樹は笑う。 「これ、結ぶ?」 「結ぶのは悪い結果の時だけだろ。凶とか大凶とか出た時。」 「そうなんだ。知らなかった。」 「あんまり行かないの? 初詣とか。」 「行ったり行かなかったり。」 「涼矢でも知らないことがあるんだな。」 「そんなの、いっぱいあるよ。」涼矢は苦笑した。「知らないことって、つまり、知りたいことじゃない? 俺はね、できれば、この世のすべてを知りたいと思うけど。」 「壮大だな。」  2人は神社を出て、元来た道を戻り始めた。来た時よりも参拝客は増えているようだ。これから神社に向かう彼らとは逆方向に歩く。 「知らないことがあって、答えが分かっても、分かったら分かったで、次の疑問が湧いてくる。どうしてそうなってるのか知りたくなる。どうすれば希望の結果が得られるのか知りたくなる。分かったつもりでも次の瞬間には正解が変わることもある。たとえば、どうしたら和樹に笑ってもらえるだろうって思うけど、絶対の正解なんてないし。笑った後に、ああ、今はこれが正解だったんだなって分かるだけで。できることなら知りたいよ。どうすれば確実に和樹を笑わせられるのか。でも、そんな方法は知らない。」 「宇宙の法則とかじゃなくて、どうしたら俺が笑うかって? 壮大だと思ったら、そうでもなかった。」和樹は笑った。 「壮大だよ。俺にとっては、一番大事なことだし。」 「俺なんか、肉まんのひとつでも奢ってくれりゃニコニコしますって。」和樹は少し先に見えるコンビニを指差した。 「調子良い奴。」 「だめ?」 「いいけど。」 「ラッキ。」 「おまえさ、東京の時はあんなにムキになって、金を折半しようとしてたくせに。」 「だってここは東京じゃないもーん。涼矢くんのホームグラウンドだもーん。」和樹はいかにも楽しそうに声を上げて笑った。「東京は、わざわざ交通費かけて来てくれてると思うから、こっちだって考えるわけよ。でも、ここは違うだろ。」 「なんだかなあ。」涼矢は苦笑しながら、それでも嫌な顔はせず、コンビニに付き合う。「普通の肉まんでいいの?」 「うん。カレーやピザって気分じゃないんだよな。」  涼矢はレジで注文した。「肉まんと、特製黒豚まん、ひとつずつ。」 「ちょ、ずりぃ。」 「なんで?」  その会話を聞いた店員が保温器の前で固まる。「あの、肉まんと特製黒豚まんでよろしいですか?」 「いいです。」涼矢は断言した。  コンビニを出ると、涼矢は和樹に肉まんを渡した。 「自分だけ特製ってひどくない?」 「確認しただろ。普通の肉まんがいいって言ったの、おまえ。」 「それは味付けの話だろ。ピザやカレーじゃなくて、肉まん味がいいっていう意味で。」 「それが肉まん味だろ。」涼矢は顎で和樹の手元を示した。 「俺も特製肉まんが良かった。」 「黒豚。」 「え?」 「特製、黒豚、まん。」 「はいはいはいはい。特製、黒豚、まん、が食べたかった。」 「あっそう。」涼矢はあっさりと、自分が手にしていた特製黒豚まんを差し出した。「交換。」 「へ?」 「こっちがいいんだろう?」 「いや、別にそこまでは。」 「そこまではったって、おまえはこっちが食いたくて、一口ちょうだいも嫌なんだろう? じゃあ、交換するしかないじゃない? ほら、冷めるから。」 「お、おう……。」和樹は自分の肉まんと涼矢のそれを交換した。「……ありがとう。」 「腑に落ちない顔してんな。」そう言って、涼矢はがぶりと「普通の肉まん」にかぶりつく。 「すげえ、俺、わがままみたい。」 「みたいじゃなくて、わがまま。」 「だって、交換するとか思わなかったし。」 「いいから食えよ。俺は食い物をベストなタイミングで食わないの、嫌なんだよ。」 「うん。」和樹はもそもそと「特製黒豚まん」をかじった。 「美味い?」 「美味い。肉が、でかい。粗挽きって感じ。あと香辛料もちょっと違うような。筍と、椎茸みたいの、入ってる。」 「和樹が食レポしてる。」涼矢は笑った。 「だって、おまえの横取りしちゃったから、せめて。」 「笑ってくれるんじゃないの?」 「え?」 「肉まん奢ったら笑うって言ってたのに、全然笑ってくれない。」

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