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第488話 Spectrum(8)

「……ああ。」和樹は無理に口角を上げてみせた。 「なあ、俺さ、別に、特製黒豚まんぐらい、いつでも食えるから。貧乏学生じゃないんでね、普通の肉まんと交換させられたからって根に持つようなことしないよ? それより、和樹が食いたいもの食ってくれるほうがいいんだけど。なんだったら今のコンビニ戻って、店頭の特製黒豚まん、買い占めてきてやるよ?」 「要らねえよ。」和樹は笑った。今度こそ自然にこみあげてきた笑いだ。「そうだよな。ありがたくごちそうになりますよ。」 「うん。」  それから和樹は、口を付けていない側から、大きめの一口大に特製黒豚まんをちぎった。それを涼矢の鼻先に突き出す。「ん。食え。美味いから。」 「あ、俺、肉まん全部食べちゃった。」 「それはいい。味知ってるし。」  涼矢は口をぱかんと開けた。 「道路でそれ、やらせる?」和樹は照れ笑いをしながら、それでも、涼矢の口に放り込んだ。 「ああ、やっぱりこっちのほうが美味いね。ちょっと味が濃い目だけど。」 「よく分かんないけど、本格中華っぽい。椎茸平気なの? きのこ嫌いっつってなかったっけ。」 「こういうみじん切りは平気だよ。……うーん、オイスターソース使ってるのかな。」  そんなことを言いながら歩いていると、涼矢のポケットのスマホが震動した。画面を確認すると、いくつものメッセージが届いていたようだ。さっきまでは人通りや車の往来の物音がうるさくて、気づかなかったらしい。 「あ。」涼矢の眉間に皺が寄る。 「どした。」 「哲。」 「なんて?」 「……うーん。」涼矢の足取りが重くなり、ついに立ち止まった。和樹も止まる。やがて涼矢は、和樹の顔を覗き込むように見た。「今、哲は例のレストランでバイト中で。」 「ああ、うん。」 「うちの両親もそこにいて。」 「そうだって言ってたね。」 「パーティーのお開き予定時刻は、午前1時だそうだ。でも、後片づけやらなんやらで、哲は2時までいる。で、スタッフが少ないから、佐江子さんたちも居残りで手伝ってくれると言ってるそうで、だから、同じく2時まではいるだろうと。」涼矢はスマホの時刻表示に目をやる。「今からだと、1時間ちょい後だな。」 「うん、それが?」 「哲がわざわざそれを知らせてきた。」 「なんでだろ。」 「佐江子さん、俺が今、おまえといること、哲に話しちゃったみたいで。」 「……ああ、そう。」 「だから、つまり。」 「つまり、何?」 「哲は面白がってんのか、気を利かしてくれてんだか、知らないけど、つまり。」 「つまってねえよ、さっきから。」 「足止めしてくれるって。」 「は?」 「だから、うちの親をね。最低でも1時間は確実に。できそうならそれ以上、店に、足止めしてやるって。」 「どういう……?」 「……だから、さっさとチャリ乗って、うちへ来いっつってんの。うちの親が帰ってくるまで、おまえと2人っきりってこと!」 「あ。」ようやく意味を理解した和樹は、頬を染める。  涼矢は急に歩き出した。普段より早足だ。もう高校の手前まで来ていたから、自転車まではすぐだった。 「でも、1時間しか。」和樹は自転車のロックを外しながら言う。 「だから、急いで。」涼矢は自転車にまたがった。 「だからだからって、偉そうに命令すんなよな。」和樹は文句を言いながらも、涼矢の後について漕ぎ出した。 「命令してない。お願いしてる。」涼矢は振り向いてそんなことを言った。 「危ねえから、前向け。」  2人は涼矢のかつての下校ルートを自転車で急いだ。家に着くと、いつになくバタバタと音を立てて涼矢が自転車を停め、せわしくドアの鍵を開ける。和樹は気持ちばかり焦って、意味もなくスニーカーを脱いでかかとを踏み潰した。  玄関に入ると、涼矢が後ろ手にドアの鍵をかけた。ついでにバーロックも。  その場で和樹の腰を抱き、キスをした。 「焦るなよ。」と和樹が言った。 「焦るよ。」 「キス()めだぞ、今の。ちゃんと味わえよ。」 「特製黒豚まんの味。」そう言ってまたキスをする。 「やだな、それ。」和樹は笑う。「部屋、行かないの?」 「行く。」涼矢は靴を荒っぽく脱いだ。そのまま2階の自室に直行するかと思いきや、ご丁寧に洗面所に寄って手を洗う。和樹もなんとなくそれに続いた。 「手洗いうがいしないと、だめなんだろ?」それは和樹が言っていたことだ。バイト先の塾の生徒のための、風邪やインフルエンザ対策。 「良い心がけ。」 「それに。」涼矢は和樹を抱き寄せ、耳元で小声で言った。「これから、おまえのあそこに指つっこんだりするわけだから、清潔にね。」 「バッ。」和樹は真っ赤になって後ずさる。涼矢はそれをまたグイッと引き寄せた。向き合って、わざと股間をこすりつけるようにした。 「ジーンズ、苦しくない?」涼矢はそう言うと、和樹のジーンズのファスナーを下げ、そこから手を差し入れた。まだ完全ではないが、硬くなりかけたものがそこにあった。涼矢はパンツもろとも和樹のジーンズを下ろし、そのまま跪くような姿勢になり、和樹のペニスを咥えた。 「え、ちょっ、ここで?」和樹は涼矢の頭を押し戻しかけて、止める。洗面所なんかで、よりも、中断されたくない気持ちが勝った。涼矢が口でしごくたびに、その頭も揺れる。和樹はもう一方の手も涼矢の頭に置いた。力を込めてはいないが、両手で涼矢の頭を股間に押さえつけているようなその体勢から、イラマチオでもしている気になってくる。

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