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第490話 Spectrum(10)
「熱 ……。」和樹が呟く。それは自分の高まりを表しているのか、自分の中に放たれたものへの感想なのか。涼矢は自分のペニスを抜く前に、和樹のペニスに触れた。和樹の果てるのを手伝うつもりでしたことだが、触れるだけで和樹も白いものを放った。「あ、ごめ、汚した……?」和樹が心配していたのは、涼矢の掌と床のバスマットだ。だが、ほとんどは涼矢の手の中に留まっていた。
「平気。」涼矢はずるり、とペニスを抜き、手を洗う。和樹はまだ少し熱に浮かされたような表情だが、ゆっくりと振り返り、涼矢の首に両手を回した。今更ながらの、情熱的なキス。
そんなキスにうっとりとしている涼矢に向かって、和樹は言う。「ケツがぬるぬるする。」涼矢がそこに目をやれば白濁したものが伝っているのが見えた。
「シャワーしなよ。ここだし。」すぐそこがバスルームだ。
「ん。」
「あんまりのんびりとは入ってられないけど。」
「分かってる。」和樹は上半身の服と靴下も脱いで、全裸になった。涼矢がバスルームの扉を開けた。和樹はそこに一歩踏み入れると、振り向いた。「やっぱ立ちバック、いいかも。」そう言ってニヤリとすると、内側から扉を閉めた。
涼矢は必要最低限の事後処理をして、ずり下ろしたズボンとパンツを上げた。バスルームの中からシャワーの音がする。すりガラス状の扉は半透明で、和樹のおおまかな所作がぼんやりと分かる。
「掻き出すの、手伝ってやろうか?」涼矢が冗談半分に声をかけると、和樹はその扉にシャワーの水を向けた。もちろん扉は閉じていて、涼矢のところまで水がかかるわけではないが、涼矢は反射的によけるように動いて、笑った。
「あっち行ってろ。」和樹の声がした。
「はいよ。」涼矢は洗面所から出て、リビングのローソファにごろりと横たわった。
和樹はすぐに出てきた。もっとも髪や体を洗ったわけではない。中出しの残滓を流しただけだ。和樹は当たり前のように涼矢の足をどかして自分のスペースを作り、ソファに座った。
「1時50分か。セーフ。」和樹は時計を見て呟いた。
「ああ。それに店からうちに着くまでも10分ぐらいはかかるからな。」
和樹は横たわる涼矢の腰に頭を乗せるようにして、しなだれかかる。「眠い。」
「いつもなら寝てる時間だもんな。」
「うん。」
「泊まっていけって言ってやりたいけど。」
「無理。さすがに元日だもん。」
「だよね。」
和樹は身体を起こし、立ち上がる。「帰るわ。」
「ああ。」
「また連絡する。」
「うん。」
和樹と涼矢は玄関に向かって歩く。「哲に……癪だけど、礼を言っといて。」
「あいつも何考えてるんだろうな。」
「おまえのことが好きなんだろ。」
和樹の言葉に涼矢はギクリとして体を硬くした。クリスマスの告白は和樹に言ってない。
「車で飛んできた時もさ、あいつの入れ知恵だろ。なんかレポートも手伝ってもらったとか言ってたじゃない? いろいろあるけど、哲なりにおまえのこと、大事な友達だと思ってんじゃねえの。」
大事な友達と聞いて涼矢はホッとした。「きっと面白がってるんだよ。俺が和樹に振り回されてるのを見て。」
「振り回されてるの、俺だし。」玄関の三和土で靴を履く。涼矢も靴を履こうと足を出すと、和樹が止めた。「いいよ、見送りとか。佐江子さんたちと鉢合わせでもしたら、せっかくのアリバイ工作が台無しだ。」
「分かった。」涼矢はそう言うと、三和土との段差の分、いつもより低い位置にいる和樹の頬を撫でた。和樹が涼矢を見上げて、どちらからともなくキスをした。
「東京に戻るまでには、また会えるよな。」
「と、思うよ。……じゃな。」
「うん。気を付けて。」
和樹が出て行って、ドアが閉まる。
こんな時は、上京する前の日を思い出さずにはいられない。不安で淋しかったけれど、でも幸せだった。かなわない恋がかなったから。一生会わない覚悟をした人と「次また会う約束」ができたから。
それでもまだ、いつでも諦められるようにと、どこかで予防線を張っていた夏。
どうしても和樹を失いたくない、自分からは絶対に手を離さないと決意した秋。
今、冬が来て。2人の関係は、また何か変わるのだろうか。今は何も変わっていない気がしているけれど、後から思えば、何かが。
涼矢はぼんやりと玄関に佇んで、そんなことを考えた。それからリビングに戻り、和樹の形跡が残っていないことを確認して、スマホを手にした。
哲からのメッセージが追加されている。予定通り2時までは引き留められるけれど、後片付けもスムーズに終わったから、それ以上の引き延ばしは無理そうだ、という内容だった。涼矢は、もう足止め工作の必要はない、と伝えた。
哲から瞬時に返信が来た。
[なんで? 都倉くん家に来なかったの?]
[来たけど、もう帰ったから]
[Hできた?]
[教えない]
[それが答えってことだね(ニヤニヤ)]
[お気遣いありがとうございました おやすみなさい]
[(笑)]
涼矢はそこで哲とのやりとりをやめ自室に戻った。30分ほどの後に、階下から両親が帰ってきた物音がしたけれど、寝たふりをしてやり過ごした。
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