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第491話 Spectrum(11)

 寝たふりはいつしか本当の睡眠になり、起きた時にはもう10時を過ぎていた。階下に降りると、やはり寝起きの顔をした両親がいる。 「おは……おめでとう。」涼矢が言う。 「私たちもさっき起きたばっかりなのよ。結局帰ってきたのは2時過ぎで。」 「そう。」涼矢は知らないふりをする。  家族全員が食卓に着いたところで、改めて明けましておめでとうと言い合い、佐江子と正継は日本酒を飲んだ。テーブルには佐江子が手配したデパートのおせち料理がある。今年は中華だと言っていた通り、中華風の料理が詰められている。 「麻生くんは東京にご実家があるのよね?」佐江子が言い出した。 「ああ、そうみたいだね。」 「こっちでは寮か何かに入ってるんだっけ?」 「いや、親戚の叔父さんの家に間借りしてるって聞いてる。」 「そうか。でも、今ほとんどアリスの家に居候状態みたいよ。今日も六三四くんと連れだって帰っていったし。」 「……アリスさんが何か言ってた?」 「ううん、別に。」 「アリスさんの、厨房にいたのとは別の息子に、勉強教えてるって聞いてる。その代わりってわけでもないんだろうけど、バイトの上がりが遅くなる日はアリスさんとこに泊まるって。アリスさんもそういうの慣れてるから気にしてないって言ってた。」 「まあね、アリスは気にしてないと思うけど。親戚の家にいて、実家もあるのだったら、お正月すら帰らないというのが少し気になったんだよねぇ。」 「あまり折り合いが良くないとは聞いてる。」 「……あまり折り合いは良くない、とは。」佐江子の表情が曇った。「実家と? 叔父さんと?」 「両方。」 「両方かぁ。それは辛いわね。」 「けど、身から出た錆だから。」言った瞬間にしまった、と涼矢は思う。 「原因、知ってるの?」 「少しね。」 「何があったのかな。」 「本人に聞けば。俺の噂話なんかしてないで。」本当のことなど言うはずもないと思うけれど。でも哲のことだから、俺が言うよりはマシな言い訳を考えて語るだろう。 「ほっとけないところあるよね、彼。」佐江子が言った。「頭の回転が速くて、愛嬌もあって、話していて楽しい子だけど、どこか危なっかしい感じがする。アリスもそう思って、家族の一員のように受け容れてるのかな。」  愛嬌はともかく、頭の回転は速いのにどこか危なっかしいところ、は同意する。放っておけない。佐江子ですらそう感じるなら、俺だけがそう思うわけではないのか、と涼矢は思う。あの危うさを全面に押し出されたから、あのハグして過ごした夜があった。 「昨日のボーイの子の話?」と正継が会話に入ってきた。 「そう。あの子、涼矢の大学の友達だって言ってたでしょ?」 「女友達もいると言ってたね。」 「そうそう、私はクリスマスの時に会ってるのよ、その女の子。千佳ちゃんて言ってたかな。」  哲の奴、どこまで暴露しているのかと、涼矢は頭を抱えた。「あんまりあいつと関わらないでよ。」 「彼が話しかけてくるんだもの、ねえ?」佐江子が正継に同意を求める。 「なかなか楽しい子だったよ。」 「涼矢のタイプじゃなかったけど。」佐江子がそんなことを言い出す。 「都倉くんとは違うね。」 「父さんまで何言ってるんだよ。正月からやめろよ。」 「お正月じゃなければいいの?」 「いいわけない。」涼矢はぶすっと答えた。 「彼はいつ東京に戻るの?」 「……4日。」 「あらま。すぐね。今日は? 会うの?」 「元日はさすがに。」 「うちは構わないけど、向こうは構うか。」 「構うよ。あっちはちゃんとおせち手作りして迎える正月なの。しかも初めての帰省で。」  佐江子は笑った。「いいねえ、そういうの。」 「何が。」 「猪突猛進で勢いに任せる恋も素敵だけど、本当に相手のことを考えたら、その家族とかね、周りのことも気になるものでしょ。そういう関係も大事にしないと、長くつきあうのって難しいじゃない。あなたたちもそういう段階に入ったのねえ、と思って。」  涼矢は黙り込む。親にそんなことを言われれば気恥ずかしい。それだけでなく、佐江子の何もかも見透かしているような言い方が癪にも障った。  第一、周りのことなら人一倍気にしてきた。自分が同性愛者だと気付いた時からずっと。人の目を常に気にして目立たないように息を潜めてきた。その「人の目」の筆頭は、今こんなことを言っている佐江子であり、正継だったのだ。和樹とつきあうようになってからだって、真っ先に考えたのは、和樹を周りから守ってやらなくては、ということだった。自分との関係は極力バレないように。あるいは和樹が心変わりした時に、それが黒い過去として形跡を残さないように。そのせいでいつも一歩身を引いている涼矢に気付いて、みんなの前で盛大に暴露したのは和樹だった。浅草の人混みで手をつないでくれたのは和樹だった。  暗闇でひっそりと生きようと覚悟した自分を、太陽の下の恋人として手を引いてくれたのは、和樹だった。

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