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第492話 Spectrum(12)

 母親に対しての苛立ちも、そんな和樹のことを思えば収まった。佐江子にしても正継にしても、自分のような立場の人間にとっては、理想に近い「理解ある両親」なのだ。和樹が羨むほどに。それなのに苛立つのは己の未熟さなのだろう。ありがたいと思える境地にはまだ至れないが、今は波風立てずに親の言うことを飲みこんでおこうと思う。  朝食兼昼食のおせち料理を食べ終わると、佐江子と正継はソファのほうに移動して仲良く正月番組を見はじめる。それを横目に涼矢は自室に戻った。  スマホを見ると、和樹からのメッセージが届いていた。 [おはよう 今起きた]  時刻を見れば、涼矢が起きたのと大差ない。起きてすぐ階下に行ってしまったから気付かずにいた。その後もメッセージは続く。 [おせち食べたらまた眠くなった] [雑煮の餅食べ過ぎた] [兄貴につられて3個] [ダイエットしなきゃー] [帰省してから筋トレしてない]  そこで途絶えていた。涼矢の反応がなかったせいか。涼矢は返信する。 [うちはお雑煮食べない] [でも鏡開きのぜんざいは食べる] [別に太ってないよ]  既読マークがすぐにつく。 [お雑煮食べないんだ! なんで?] [理由は知らない 昔からそう 正月を祖父母の家で過ごす時は食べたけど] [佐江子さんが雑煮を作るのが面倒なんだと思う] [ぜんざいは、市販のアンコ使うだけだから簡単] [涼矢が作れば? 雑煮] [やだ めんどくさい] [親子(笑)] [正月ぐらい家事から解放されたい] [主婦か(笑)] [和樹んちはちゃんと作るんでしょ おせちも雑煮も] [うん でも全部じゃないよ 栗きんとんとかはできてるの買ってる] [うちはオール市販] [豪華なやつ] [今年は中華だった] [おせちが?] [そう。焼豚とか入ってた。海老も中華風の味付け] [へー] [電話していい?] [ちょっとしてからかけて 今みんないる 自分の部屋に移動する]  涼矢はかっきり5分後に電話をかけた。 ――もっと早くかければいいのに。リビングから俺の部屋に移動するだけなんだから。 「だってどこにいたのか知らないし。豪邸だから5分はかかるかと。」涼矢は笑う。 ――んなわけないだろ。 「昨日、てか、今朝? 大丈夫だった? 帰り、遅くなって。」 ――全然。兄貴はもっと遅かった。他の先生と生徒の合格祈願に行くとかで、もっと遠くの大きい神社行ってたから。 「もう受験生受け持ってるの?」 ――知らん。そんなに深く聞いてない。 「そっか。」 ――そっちは大丈夫だった? 「ああ。今回は念入りに確認した。」 ――風呂場も? 「もちろん、一番しっかりと。」 ――マジで怖いからさ、佐江子さんチェック。 「トラウマになってるな。」 ――なるだろ。 「はは。」 ――でさ。 「うん。」 ――なんか知んないけど、明日、例の叔父さんが来るみたいで。 「……じゃあ、無理か。」 ――微妙。もしかしたら、挨拶するだけで済むかもしれないし。 「うん、いいよ。俺のほうは特に何も予定ないから、都合付いたら連絡くれれば。ダメならダメで仕方ない。」 ――ごめんな。 「いいって。」 ――明日は分かんないけど、3日は、絶対空けとくから。 「無理しなくていいよ。」 ――無理する。だからおまえも無理してでも、3日は空けて。 「分かったよ。」涼矢は苦笑する。元々佐江子の実家詣は時期をずらして行くことになっていて、3日もこれといった予定はない。無理しなくても空いている。 ――と言っても、ノープランなんだけどね。 「なんだよ、どうするの。俺んち来る?」 ――だって、お父さんいるだろ。 「いるけど、午後には札幌。4日から普通に仕事だから。佐江子さんもね。」 ――うわ、正月休み短いな。うちの親父、7日の日曜日まで休みだぞ。 「役所は4日から始まるの、普通に。」 ――大変だな。 「でも、民間みたいにサービス残業とかないからね。」 ――定時にサクッと退社? 「それは無理。激務だけど、その分の給料はちゃんともらえるよって意味。」 ――ますますリッチに。 「でも、あの人の趣味、金かかるからな。車とかグルメとか。あといろんなもん収集してたり。」 ――コレクターなんだ? あのガンプラはおまえのだろ? 「うん。親父が一番熱心に集めているのは、鉱石。」 ――宝石? 「違う、鉱石。アメジストの原石なんかはあるけどね。」 ――へえ。すげえお宝ありそう。 「ないよ。ただの石だよ。おふくろがいつも掃除の邪魔だって言ってる。」 ――ある日、バッと捨てちゃったりして。 「ああ、そういうことはしないんだよね。ガサツな割に。他人の趣味は尊重する。理解できなくても。」 ――良い妻だな。 「俺だって、おまえがどんなくっだらない漫画集めてたって捨てたりしないよ。」 ――ひっでえ。くっだらないって言う時点で尊重してねえじゃないかよ。 「それもそうだ。」涼矢は笑う。 ――ま、とにかく。 「3日な。運が良ければ明日も。」 ――そういうこと。 「ん。分かった。」  そんな会話をして、電話を切る。

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