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第493話 Spectrum(13)

 東京に涼矢が来てくれた夏の2週間。そして嵐の中、会いに来てくれた秋の数日間。部屋に帰れば涼矢がいた。おはようもおやすみも、おかえりもただいまも、目の前の涼矢に直接言えた。夜は一緒に寝た。食事も一緒にした。故郷に帰っていく涼矢を見送った時には、この次、こんな風に過ごせるのは冬休みだと思っていた。  でも、今更になって思い知らされた。お互い家族のいる「実家」で過ごす冬は、夏休みとは全然違う。それぞれの家に帰らなくちゃならないし、別々のベッドで寝なくちゃならない。おはようもおやすみも電話越しの声のやり取りでしかない。分かっていたはずのことなのに、実家のベッドに1人で寝ることが空しい。 ――早く、一緒に暮らしたいな。  和樹はそんなことを思う。以前からの夢ではあるけれど、今までよりもずっと切実なものとして。 ――いつだって会いたいけど、こんなに近くにいるのにそばにいられないってのは、キッツイもんだな。いつもの遠距離だったら、諦めもつくのに。  和樹は深く息を吐く。涼矢と最後に顔を合わせてから、まだほんの半日ほどしか経っていない。それなのに淋しい。  その「ほんの半日前」を思い出すと、淋しいけれど、体は火照る。洗面所の鏡に映る自分の姿。初めて見た、欲情している自分の顔。目を潤ませて、口もだらしなく開けて、そして何度も涼矢に「おねだり」をした気がする。薄笑いを浮かべて鏡を見てみろなどと言う涼矢に、最初こそ腹も立ったが、快感に身を委ねずにはいられなかった。そして、自分がそうやって淫らになればなるほど、涼矢のほうは余裕をなくしていくのが分かった。薄笑いも消えて、必死になって自分を突いてくる涼矢が身震いするほど愛しかった。涼矢をこんなにも切羽詰まらせているのが自分だと思うと、自分が涼矢を支配している気がした。あんな風に抱かれて、貫かれて、喘がされている自分のほうが、涼矢を。 「やべ。」和樹は呟いた。そんなことを考えていたせいで、またぞろ股間が熱くなる。今穿いているのは、涼矢が脱がせたジーンズではなく、緩い部屋着のズボンだ。ゴムのウェスト部分から簡単に手が入れられる。すぐに直接ペニスに触れた。最後に触れられた涼矢の手の感触を、自分の手に重ねようとする。「んっ……。」涼矢はこんな風に強くしごかなかった。そうする前に果ててしまった。直前まで後ろを突かれて、それだけでイキそうになっていたから。自分の中に放たれた熱を思い出しながら、右手をアナルのほうにまで伸ばした。「あ……んんっ……。」涼矢の長い指にそこをかきまわされるのを思い出そうとするけれど、自分の指だとうまく届かなくて、もどかしい。「あ……あぁ……ん……。」 『こんなすぐ柔らかくして。トロトロのくせに。』涼矢が吐く、そんな卑猥なセリフを思い出す。すぐに柔らかくなるのは当然だと思う。帰省してからというもの、一緒に過ごせない晩は、涼矢とセックスした日もそうでない日も、ひとり自慰をしていた。「セックスした日」は、今のように、そのことを思い出すだけですぐに高ぶってしまうから。「できなかった日」は、物足りなさを埋めたくて。毎回、涼矢に激しく貫かれることを想像する。自分はもう、すっかり「そっち側」なのだと思う。ペニスをこすっただけでは満足できない。体の奥まで、涼矢のものでいっぱいにされないと満たされない。涼矢にそう自分の体を作り変えられて、主導権を握られて悔しいような、逆にもっと涼矢に好き勝手弄ばれたいような、両方の気持ちがある。  可愛い可愛いと耳元で言われることもだ。前は少し抵抗があった。でも、今はそう言われるたび、もっと可愛がられたい、などと思う。そう言っている時の涼矢は、どんなに激しく動いていても、どこか自分のことをいたわっていて、"激しく"はしても、"荒々しく"はしない。 ――もっと好きにしていい。もっと乱暴にしていい。もっと。  和樹は洗面所の鏡に映っていた涼矢を思い出しながら、より乱暴にされることを想像して、果てた。それでもまだアナルの物足りなさは残っていた。それを充分に埋めてもらえるのは、早くて明日。そうでなければ明後日。その翌日にはもう、東京に戻らないといけない。 ――くそ、なんで俺、セックスのことばっか考えてんだよ。淫乱かよ。  和樹はそんなことを思って、その直後に、そんな風に涼矢に罵られてみたいと思い、そしてそれを否定した。俺は淫乱なんかじゃない。……実際涼矢にそう煽られたとしたら、きっと俺は同じことを言うのだろう。あそこを勃てて、なんの説得力もない状態で。  翌日の昼頃、2人にとっては残念なことに、明叔父がやってきた。明の姉である恵は、いつものように文句を言いながらも、いそいそともてなした。おせちは重箱にきれいに詰め直して、酒の用意をする。隆志は酒の相手ができて嬉しそうだ。宏樹も飲まないわけではないが、父親ほど積極的に酒が好きというわけではない。その宏樹は、どこかに出かけてしまった。たまにしか会えない「甥」が2人揃って出払うのは失礼と言うものだろう。となると、挨拶だけして自分も出かけるというわけには行くまい。叔父が来るからと涼矢との逢瀬を我慢した和樹としてはおもしろくないことだったが、今更どうしようもない。

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