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第494話 Spectrum(14)

「和樹、でかくなったなあ。」2年振りに会う叔父の第一声はそれだった。 「一昨年だっけ、会いましたよね。その頃から大して変わってないですよ。」和樹は苦笑する。 「そうかぁ?」明はそう言いながら、ジャケットの内ポケットから何かを取りだした。「お年玉、じゃないな、合格祝い。」祝儀袋だった。 「あら、そんなのいいのに。」返事をしたのは和樹ではなく恵だ。 「ありがとうございまーす。」和樹は遠慮せず受け取った。 「東京の大学なんだろう? いつ連絡来るかと待ってたのに、全然だもんなぁ。」明は笑った。 「どうしても困った時には、って言ってあったのよ。どうしても困った時がなかったんでしょ。」と恵が口を挟む。 「そんなこと言わず、気軽に連絡ちょうだいよ。飯ぐらいごちそうしてあげるから。どこ住んでるだっけ。」 「杉並です。駅は西荻窪。」 「いいところに住んでるな。」また笑う。 「叔父さん、どこでしたっけ。」 「俺はあれだ、葛西のほう。分かるか?」 「葛西って、葛西臨海公園の? ディズニーランドの近く。」 「まぁ、そうだな。行った? ディズニー。」 「東京行ってから行ってない。修学旅行で行ったけど。」 「デートする相手はいないの?」明はニヤニヤとした。 「ディズニーにつきあってくれるぐらいの子ならいますよ、たくさん。」和樹も負けじとニヤニヤした。 「モテるだろう? 男前だからな、俺に似て。」 「何言ってるのよ。」恵が笑って言った。だが、実際のところ、明と恵はよく似た姉弟で、つまり和樹とも似ていた。「明こそ、いいかげんお相手いないの。あなた、今年いくつよ。」 「年男。」 「48か。もっと若く見えるね。」ようやく隆志が会話に混じる。 「じゃあ、36ということにしておきましょうか。」明はひょうきんな笑顔を見せる。 「それはいくらなんでも無理があるわよ。それにね、48の男が若く見えるなんて、恥ずかしいと思ったほうがいいわ。いつまでもふらふらしているから、風格がないの。」 「姉さん、ふらふらふらふらって言うけどね、別に俺はふらふらしてないからね。ちゃんと定職にもついてるし、税金も払ってね。」 「結婚は。」 「またその話か。」明は初めて笑顔を消して、ため息をついた。「結婚は当面予定ないけど、相手はいるから。一緒に暮らしてる。もう何年かな。長いよ。」 「何よそれ、初耳よ。」 「言ってないよ、言えばまた、姉さん、結婚式はどうするんだとか入籍しないのかとかうるさいから。」 「うるさいなんて失礼しちゃう。心配してあげてるんでしょ。ねえ、それより、相手がいるってどういうこと?」  和樹は1人、ドキドキしていた。……結婚はしないけど、相手はいる。何年も一緒に暮らしている。それは、もしかして。 「向こうがね、バツ2なんだよ。ああ、ほら、すぐそういう顔する。」明は恵の表情の変化を指摘する。「だからもう結婚はしたくないんだってさ。こどもと違う姓に変わるのも嫌だって言うし。」  和樹のドキドキは、一気に落胆に変わる。 「こども? こどももいる人なの?」 「うん、2人ね。でも、別れた亭主のほうに引き取られててさ。たまに彼女は会ってるし、俺も会ったことあるよ。良い子たちだよ。まあ、良い子ったって、もう大きいんだ。上は就職して独立してるし、下が大学生で、和樹より2つ上かな。あ、彼女、俺の4つ上だからね。ということは、姉さんより年上か。」 「なんてこと。」恵は芝居がかったセリフを言って、眉間に皺を寄せる。「なんでそんなややこしい人とおつきあいなんて。」 「ややこしくはないよ、同棲してて、籍を入れる予定はないよってだけ。」 「田崎くんちみたいだねえ。」隆志は言う。年末の、涼矢の前で繰り広げた、あの失言の数々を思い出さずにはいられない和樹だ。これ以上余計なことを言ってくれるなと強く思った。「和樹の友達の親御さんがね、そういう、事実婚というのかな、そうだと聞いてね。びっくりしたけど、明くんもそうなら、最近はもう珍しくもないんだね。」 「昔から珍しくもなかったと思いますけどねえ。」明が言った。「わざわざ吹聴して回る人がいないから気が付かないってだけで、いますよ。」 「うちの会社じゃ既婚者対象の手当があって、最近若い子が社内結婚してね、それが事実婚だったものだから、その場合はどうするのか、なんて一悶着あったんだよ。」 「俺の会社は普通に出しますよ。普通の結婚してるのと同じ。同居で、家計も同一っていう証明書を提出するんだったかな? そうすれば、事実婚でも、あと、同性婚でも。」 「同性婚? あの、ホモの人の。」 「そうそう、そうです。」 「へえ、東京は進んでるねえ。」 「いや、地方でもやってるとこはやってますって。身近にいないと分からないだけでね。その意味では、東京は人が多い分、いろんなケースを身近に感じる面はあるかもしれないけれど。」  明と隆志の会話は、救いのようであり、呪いのようでもあった。「いろんなケースを身近に感じる」とさらりと言ってのける明叔父さんなら、自分と涼矢のことを話したら理解してくれるのだろうか。両親に話す前に味方になってもらえたら、さぞ心強いだろう。

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