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第495話 Spectrum(15)
でも、知っていることと、それを理解し受け入れてくれることとは違うとも思う。こんな風に「先進的な」考えをしてくれる明叔父に話して、望むような反応がなかったとしたら、その時の自分は立ち直れないほどショックを受ける気がする。奏多なら大丈夫だと信じていたのを、裏切られた時と同じように。いや、あの時よりもいろいろな経験を経たからこそ、尚更に。
「その女の人と一度会わせてよ。」恵が言った。隆志と明とのやりとりは一切無視して、ただひたすらに弟の身を案じているようだ。もっと正確に言うなら、「弟をたぶらかした、年上でバツ2の子持ち女に一言言ってやりたい」といった心情に違いなかった。
「そういうことが煩わしいって言ってるんだよ。だから籍も入れてない。」明はあっけらかんと言う。
「今後もそういうお付き合いを続けるの?」
「何事もなければそうだろうね。」
「何かあったらどうするのよ。あなただって若くないんだから。」
「姉さんには迷惑かけないって。」
「私の迷惑とか、そういうことではなくてね。」
「まあまあ、お正月からやめなさいよ。」隆志が仲裁に入る。「明くんも大人なんだから、任せておけばいいだろう? 嫁に出た姉がいつまでも口出しすることじゃないよ。」
「あらそう。」恵はムッとして、わざと音を立てるようにして椅子に座った。「分かったわ、実家のことはぜーんぶお任せするわ。介護も、お墓のことも、明がやってね。私は嫁に出た身なんですから、もう余計な口出しは致しません。」
明と隆志は目と目で会話して、肩をすくめた。これ以上何をどう言ったところで、もう恵に聞く耳はないことは一目瞭然だ。クールダウンするのをひたすら待つしかない。
和樹はいたたまれない気持ちになった。明叔父のように50歳近くの年齢になっても、相手が女性であっても、身内からはこんな風に言われてしまう。切っても切れない家族という縁。それによって支えられているのだけれど、同時に重荷でもある。
「これ食べたら、少し、出てきていい?」和樹は言った。
「どこに?」
「こっち戻ってから食ってばっかりで太った。そのへん回ってランニングしてくる。いや、ウォーキングかな。」
「別にいいわよ。好きにしなさい。」後の言葉は明へのあてつけも込めているのだろう。だが、和樹は外出の口実が出来たことを単純に喜び、それを悟られないように気を付けながら、おせちをつついた。
家を出てから、涼矢にメッセージを送った。自転車に乗りかけたが、ウォーキングと言ってしまったことを思い出して、やめた。涼矢の家まで歩いて行けないこともないが、そもそも家で会えるのかどうか、涼矢に聞いてみないことには分からない。涼矢からはすぐに返信が来て、車で迎えに行くからとりあえずそのまま歩いていろ、とのことだった。
15分ほど歩いたところで、前から涼矢の車が来た。和樹は慣れた様子で車道側に回り助手席に乗り込む。
「今日、おまえんちはだめなの?」和樹は手袋とマフラーを外した。
「だめってことはないんだけど、佐江子さんたち、ずっと2人でリビングに陣取ってテレビ見てるし。おまえが来たら面倒くさいことになる。」
「正月だもんなぁ、身内でもないのに、お邪魔だよな。」
「逆だよ、逆。記者会見状態でいろいろ話しかけられるぞ。」
「あぁ、そっちか。」
「いつもどんなとこでデートしてるんだとか、俺のどこがいいんだとか、そんなことを根掘り葉掘り。」
「それ、しんどい。」
「だろう?」
「涼矢くんのいいところは、セックスの上手さです、とは言えないしな。」
「ちょ、運転してんだから笑わすのやめて。」
「ところで、どこ向かってるの、これ。」
「いや、なんとなく。今日何時まで平気?」
「適当にそこらウォーキングするって出てきちゃったからなぁ、あんまり長くは。せいぜい2時間ぐらいかな。あ、でも、途中で友達と会ってお茶してたとか言っておけば、もう少しは。」
「あんまり時間ないね。」
「ごめん。」
「いや、だって今日は会えないんだろうなって思ってたから、30分でも嬉しい。あ、叔父さん、結局来なかったの?」
「来たよ。一緒に昼飯食ってきた。叔父さん、独身なんだけどさ、突然バツ2の子持ちの人と同棲してるって爆弾発言したもんでさ、おふくろがピリピリしちゃって空気悪くて。俺がいないほうがいい雰囲気だったし、出てきちゃった。」
「どのうちにも、いろいろあるもんだね。」
「俺も同じこと思った。」
「でさ。」
「ん?」
「単刀直入に言うけど。」
「な、何。」
「このまま、ホテル、向かっていい?」
「え……ごめ、俺、そんな金。あ、あるか。あるある、さっき叔父さんに入学祝もらって。」
「そんな金使わせる気ねえよ。俺のわがままで言ってんだから、俺が払う。」
「でも。」
「2時間しかねえのにホテル誘うとか、ヤリたいだけみたいで嫌なんだけど。」
「いいよ、別に。俺も同じこと考えてたし。」
「え?」
「ヤリてえなって。……俺、変なんだよ、ここんところ。そんなことばっかり考えてる。」
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