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第496話 Spectrum(16)

「それ、変じゃなくない?」涼矢は飄々と言う。 「はい?」 「俺、それが通常運転だけど?」 「……俺は淡泊なので。」 「どの口が言ってんの。」涼矢が笑う。 「いや、マジで。東京に1人でいる時は、そうでもないんだって。でも、すぐ近くにいると思うとさ。」 「へえ。」 「なんだよ、信じてないな。」 「信じてない。」 「あっそ。で、これ、ホントにホテル向かってんの? ラブホ?」 「ラブホじゃないホテル。」 「うっそ、高いホテル?」 「なんだよ、高いホテルって。」涼矢は和樹の言い方に笑ってしまう。「シティホテルだよ。普通の。ビジネスマンが出張で泊まるようなとこ。」 「泊まれないよ?」 「分かってるよ。今ね、そういうホテルって、泊まらずに部屋が使える、ショートステイのプランがあんの。女子会とかで人気なんだって。」 「へえ。男2人でもOK?」 「うん。ミーティングで使う人もいるらしいし、とりあえず予約は通ってるから。」 「予約? いつの間に?」 「さっき。連絡もらってすぐ、ネットで。」 「俺が嫌がる可能性とか。」 「ないだろ?」 「……本当におまえは、そんなことばっかり考えてんのな。」 「はあ?」 「初詣の時も、哲から連絡もらって、すげぇ行動早かったし。あん時なんて正味1時間しかなかったのに、よくもまあ、家に連れ込む気になったよな。」 「1時間ありゃヤレるだろ。」 「うっわぁ、最低。涼矢くん、ケダモノ。」 「でも、ヤレただろ。」 「ヤッたけどさ。」 「嫌だった? 今も、本当は嫌? だったら別のところ行くけど。」 「そんなこと言ってない。」 「もっとロマンティックに誘ってほしかった?」 「おまえにそんなん期待してねえよ。」 「じゃあ、何が不満?」 「不満はないでーす。」 「一応ね、これでも気を使ったつもり。」 「どのへんを。」 「ラブホじゃいかにも過ぎるとは思ったし、そもそもこの辺のラブホなんて前に和樹と一緒に行ったところしか知らないし。けど、あそこじゃ知り合いに会うかもしれないから、少し遠くのシティホテルにしたし。」 「そっか。」和樹は、以前東京のラブホテルに行った時のことを思い出していた。あの時も、やけに涼矢が用意周到で、それがなんだか不愉快だった。今の自分こそ「涼矢に会いたい」イコール「セックスしたい」という気持ちでいっぱいだと自覚したばかりなのに、いざこうして涼矢にお膳立てされれば、モヤモヤした。その理由を言葉にしてしまえば、今涼矢が言った通り、「もっとロマンティックに誘ってほしかった」、そういうことだ。モヤモヤするのは涼矢の行動ではなく、自分の乙女思考だった。 「な、本当に、嫌ならやめるから。」運転席とは逆側の窓に目をやり、黙りこむ和樹に、涼矢が言った。 「嫌じゃないよ。」 「本当に?」 「嫌なわけあるか。俺だってヤリてえって言っただろ。」  涼矢は信号待ちの僅かな時間を、和樹の顔色をうかがうのに費やした。そして、車が再び走り出すと同時に言った。「ちゃんと最初から、和樹に相談すべきだったな。」 「え?」 「東京の時もあっただろ。寿司食って、ラブホ行って。あの時もおまえ、そんな顔してた。俺、また同じ失敗したな。」 「……いや。」同じ時のことを思い出していた。それだけで、和樹は心が軽くなる。同じ失敗じゃない。あの時とは違う。涼矢は涼矢なりに考えてそうしたのだときちんと話してくれたし、自分の戸惑いの理由も把握している。「俺こそ、おまえに丸投げで。俺の都合で今日会うとか会わないとか振りまわして、おまえに全部合わせてもらってんのに、なんか、ごめん。」 「合わせるのは嫌じゃない、全然。でも、やっぱり、独りよがりだったなって。」 「そんなことない。」和樹は涼矢の横顔を見る。「2、3時間しかない中でのデートプランとしては、ベストじゃない?」そう言って、自分で吹き出した。 「じゃあ、このまま、行くよ? あそこの、あのホテル。」前方に見えるのは、超高級とは言わないまでも、結婚式場も擁している、中堅クラスのホテルだ。 「高そう。」 「そうでもないよ。直前割引使ったし。」 「さすが。」  涼矢はホテルの駐車場に入り、そこからホテル内へと入っていく。 「おまえのお父さんとZホテルで食事した時は、ホテルの人が車の移動までしてくれたな。」 「あんなことしてくれるの、それこそ高いホテルだけだよ。」 「そういうもんか。あの時より、今日のほうが高級車なのにな。」Zホテルの時は佐江子の軽自動車だった。 「BМWは車検に出してた。」 「ああ、そういう。」 「うん。それに。」 「ん?」 「親父だったら軽に乗ってたって、ホテルの人は顔を覚えててくれてるし、心からもてなしてくれるんだろうけど、俺がどんな高級車乗ってたって、ただのすねかじりってバレバレ。自分で駐車するほうが気分的にも楽だよ。」 「かじれる脛があるだけいいよ。うちの親なんかもう骨しかない。」和樹は自虐的に笑う。 「と言いつつ、親の金で彼氏とホテル行くけどね。……ちょっと待ってて、チェックインしてくる。」

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