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第503話 Spectrum(23)
しかし、結局涼矢は和樹からペニスを抜いてしまった。
「え、なんでっ……。」和樹つい批難めいた口調で言う。
「そんなに退屈なら、寝ちゃっていいよ。ちょうどいいもん持ってきたし。」
「は?」
涼矢はにここにしながら、それを手にする。涼矢からかすかな鼻歌が聞こえた。和樹もその旋律には聞き覚えがある。猫型ロボットが活躍する国民的アニメの、秘密道具が登場する時の音楽だ。「アイマスク。」そう言った時には、和樹に背中から覆いかぶさり、装着させていた。
「なっ、何だよ、これ。」和樹はすかさずそのアイマスクをずらして振り向く。ちっとも目隠しにはなっていない。
「海外旅行でさ、飛行機の中で寝たい時に使ってたの、思い出して。」
「そういう質問じゃなくて。」
「だって、おまえが昨日、目隠ししたいって言ってたから。」
「……てことは。」
「そう、他にもね。」涼矢は再びバッグを探り、以前涼矢の部屋で使った、"応援団のタスキ"やら"ハチマキ"やらを出してきた。「使えそうなの、持ってきた。」
「使えそうって。俺は、俺に使うんじゃなくて。」
「そうだね。でも、和樹、俺にはしてくれないじゃない?」涼矢は和樹の二の腕を左右ともにつかむ。「はい、縛るから、手首合わせて。」医者が診察でもしているかのように事務的に涼矢は言う。
「何を、おまえは。」和樹は口をパクパクさせて、やっとのことでそれだけ言った。
「自分がされたかったんだろ?」涼矢は和樹の腕を引き、結局後ろ手に縛りあげてしまった。「今だって、抵抗しないし。」
「抵抗したってどうせするじゃねえか。もう大体分かってんだ、おまえのやり口は。」
「俺も分かってるよ。和樹のやり方ぐらい。」次いで、さっき和樹がずらしたアイマスクを目の位置に戻す。その耳元に口を寄せて囁く。「俺に仕返ししてやるって言いながら、自分がしてほしいこと言ってんだろ?」
「馬鹿なことを。」その先はモゴモゴとくぐもった声になった。涼矢が和樹の口を塞いだせいだ。
「暴れないでね。」涼矢はそう念押しすると、手を外す。
「な、目隠しだけでもどうにかして。マジで怖え。」
「見えない?」
「見えない。」
「そう。でも、大丈夫、俺が代わりに見てる。危ないことはしない。痛いこともしない。痛かったら痛いって言って。やめて、じゃだめだよ。」
「なんでだよ。やめろっつったらやめろよ。」
「だって気持ちいい時にも『やめて』って言うだろ、おまえ。」涼矢はそう言って、もう一度和樹のアナルをローションで濡らし、指の挿入から再開した。
「あっ……。」和樹の体が弓なりにしなる。見えない分、気配を察するしかない。涼矢がローションの準備をしているのは察した。それが自分のそこに使われることも予測できた。それでも、視覚情報を遮断されていると唐突な行為に感じられた。「やっ」と言いかけて、黙る。ほらやっぱり、と涼矢に指摘されたくなかった。――気持ちいい時の『やめて』だと。
「自分がどういう格好してるか、分かってる?」涼矢はわざと音を立てるように、指を出し入れする。
「……るせ。」そう言い返すのが精一杯だった。自分の格好など、容易に想像できた。年明けの洗面所の痴態を見た分、鮮明に。今この瞬間も、そう言い返した弾みで口の端から唾液が垂れたのが分かる。しかし、手の自由がきかない状況では、拭うことすらできない。せめて、顎から口を自分の肩にこすりつけるようにして、その代用にする。
だが、涼矢の視界では、その動作さえ扇情的にしか見えない。四つん這いになって尻を突き出している和樹。その中心を自分の指が弄ぶ。和樹の手首を縛りつけている紫色のハチマキ。縦に走る背骨。必死に口元を拭おうとして、うねる肩甲骨。
涼矢はハチマキの結び目をつかみ、引き上げる。和樹は何が何だか分からないままに、エビ反るようにして上半身を上げた。暗闇の中でアナルの指が抜かれるのは分かった。かと思えば、今度は乳首を弄られる。「あっ、あんっ。」両の乳首を背後からつままれ、首筋を舌が這う。涼矢の指であり、涼矢の舌であることは分かっている。だが、意図的なのか、涼矢は声をかけてこない。最後に言われた「自分がどういう格好してるか」をつい反芻してしまう。――今の自分は、乳首を蹂躙され、首筋を吸われ、その他愛ないほどの刺激にいちいち敏感に身をのけぞらせて、ひとりで喘いでいる。
「敏感になってる?」心の中を言い当てられたようなそのセリフにすら、過剰に反応して全身をビクッと震わせてしまう。
「……取って、これ……。」弱々しく言う。
「やだ。」涼矢は耳たぶを甘く噛み、和樹の頭をつかむようにして自分に向けると、キスをした。舌先で和樹の口を割り、舌を絡めた。ディープとは言え、ただのキス。それでも、いつもの何倍も昂奮してしまう。それは涼矢にも明白だろう。そんな状態で、いくら目隠しを外せと言ったところで、説得力がない。何も見えない恐怖の中で、涼矢から受ける刺激だけが頼りだ。その状況を作っているのは涼矢なのに、涼矢にすがるしかない。そして、与えられる刺激は甘美で本気で抵抗できない。
「涼矢ぁ。」責めるつもりで呼んだ名前は、思いのほか甘ったるく響いた。
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