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第506話 Spectrum(26)

 激しい尿意を我慢させられているような感覚に、脂汗さえ出そうだった。いや、本当に出ているんじゃないか。だとしても、これまでの痴態の数々で、体はもうあらゆる体液にまみれていて、区別もつかないだろうけれど。そんなことを考えた瞬間に、体の奥に強烈な快感が突き上げてきた。 「ああっ!」ひときわ大きな声を上げてしまう。そうなったら、堰を切ったようだった。「あ、あっ、やぁ、イクっ」何度もそう繰り返して、だが、射精は止められている。激しい快感が何度も押し寄せて、時折無意識に腰が浮いてしまうほどだ。 「気持ちいい?」その声は遠くから聞こえるような気がした。 「いい、きもひいいっ。」呂律も回らない。  その後のことは記憶が一瞬途切れている。「飛んで」しまったのだ。ものの1分か、あるいはそれにも満たない短時間だが。気が付いたら、涼矢は隣でハアハアと息だけ荒くしていて、股間がやけにぬるぬるとしていた。中出しされたのだろう、と見当がついた。 「一瞬飛んだわ。」と呟いた。 「うん。大丈夫?」 「大丈夫。……これ、外してくれる?」 「あ、うん。」涼矢はハチマキをほどいた。  元はベッドとベッドの間にあったナイトテーブルが、今は和樹のすぐ脇にあった。和樹はそこに表示されたデジタル時計から、時間がそう残っていないことに気が付いた。無言で立ち上がり、バスルームに向かった。……向かおうとして、足を止め、もう一度ベッドの近くまで戻った。まだベッドに横たわっている涼矢に、身を屈めてキスをした。「すっげ、良かった。」それだけ伝えると、今度こそバスルームに向かった。  洗い流してしまうと、手首にかすかに残っていたように見えた、ハチマキを結んだ痕もなくなっていた。――残ってて良かったのに。あいつの痕跡。俺があいつのものである、証。  部屋に戻ると、涼矢の首筋を見る。自分が噛んだ痕が、そこには残っていた。和樹はそれに触れる。「いいな。」 「え?」 「噛んで。」和樹は頭を傾け、涼矢の前に首筋をさらした。ドラキュラに身を捧げる処女のように。 「今?」 「うん。お揃いにしよ。」 「痛いよ?」 「いいから。」  涼矢は立ち上がり、和樹の首筋に顔を近づける。が、あと数センチのところで躊躇う。「キスマークでいい?」 「だめ。噛んで。」  涼矢は口を開け、歯を立てようとする。しかし、やはりそこで止まる。「……無理。俺が無理。」 「ずるい。自分だけ。」和樹は自分の付けた噛み痕に口づける。 「でも、ほら、ここにさ。」涼矢は和樹を抱きしめ、そのお尻に手を回す。バスルームから全裸で戻ってきたままだから、直接の肌に触れる。「ここの中に、ちゃんと、痕、つけたから。」 「そんなの、見えないし。」 「指入れて確かめてよ。俺のこと思いだしながらさ。」  和樹はふふ、と笑う。「やらしい。」 「うん。やらしい意味で言った。」涼矢は和樹にキスをして、それから、自分もバスルームへと向かった。  着替えをして、ベッドを元に戻して、チェックアウトして、車に乗り込んだ。ひとつの「別れの儀式」が終わったのだ、と2人とも分かっていた。激しいセックスは、淋しさを紛らわせ、そして、お互いの記憶を体に刻みつけるための儀式だった。 「メシ……には、ちょっと早いか。」と涼矢が言う。まだ18時前だ。 「そうだね。」 「行きたいところはある?」 「……おまえと一緒なら、どこでもいい。」和樹はぼんやりと答えた。 「嬉しいっちゃ嬉しいけど、困るな、そういうの。」 「うん。そうだよな。」それもぼんやりだ。 「リードしてくれるんじゃなかったっけか。」 「え?」 「デートを人任せにしないって約束。」 「……ああ。」和樹は笑う。卒業式の日に交わした約束。「そうだったな。」 「で、どうする?」 「……おまえがバイトした店、行きたい。もう営業してる?」 「……。」 「三が日は休みかな。」 「本気?」 「うん。だって、哲とか、佐江子さんとか、関係者が出入りしてるんだろ。俺だけ蚊帳の外みたいで。」 「だから嫌なんだけど。」 「だめかぁ。無理にとは言わないから、いいよ。」  涼矢は車を停めた。スマホを取り出し、入力を始めた。「聞くだけ聞いてみる。」 「哲?」 「うん。」  レスポンスはすぐにあったようで、涼矢は時折何か考えるようにしながらやりとりをしている。やがて、和樹に顔を向けた。「店はまだ休みではあるんだけど。」 「やっぱりそうか。」 「けど、来てもいいって。」 「はい?」 「表向きは正月休みなんだけど、誰か来たら開けるんだって。」 「なんだそれ。」 「スタッフが身内だけになるから、メニューが限られるけど、それでいいならって。」 「哲もいる?」 「いる。哲と店長と、店長の息子。あ、厨房手伝ってる息子な。いつもはそれ以外にバーテンダーさんと、シェフがいるんだけど。」 「そもそも、哲、なんでこっちにいるの? 実家じゃないの?」 「帰らなかったみたいだな。」

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