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第508話 彼と彼(2)
「なんてね、ちゃあんとお支払いいただいてますよ。お母様に。あ、カウントダウンの時はお父さんにも挨拶したし。超かっこいいね、田崎のパパさん。」
「ただのおっさんだよ。」涼矢もウーロン茶を飲む。
「またまた。検事なんだってね? すげえね、おまえの親。」
「おまえだってなろうと思えばなれるだろ。」
「そうね。検事もありだね。」
簡単にそう言ってのける哲を、和樹は羨ましいと思ってしまう。涼矢に肩を並べることができるのは、本当はこういう奴なんだろう。哲を前にすると、そんな思いがどうしても頭をもたげてくる。
「都倉くんはいつまでこっちいるの。」何気ない哲の一言だったが、「おまえなんかがいつまでいるつもりだ」と、自分が邪魔にされているように聞こえてしまう。
「明日、帰るよ。」ボソッと答えた。
「あらら、そしたら、今日がラストデート。それはお邪魔だったね。」
「まったくだ。」と涼矢が言う。
このまま哲がいなくなってくれればいいが、と涼矢も和樹も思ったけれど、タイミング悪くアリスが雑煮を持ってきた。しかも3人分だ。
「はい、どうぞ。」アリスのほうはそれだけですぐ立ち去った。カウンターにいる数人の客の相手をしなければならないようだ。正月を1人で迎えるのは淋しいと、ここに来た客たちを。
和樹と涼矢がいただきますをしている間に、哲は当然の顔をして食べ始めた。
「んめ。」と餅を伸ばしながら言う。
「おまえはもうこれ、食ったんじゃないの。」
「食ったよ。これで3回目。何べん食べても美味い。これ、六三四が作ったんだよ。」
「そうなんだ。……六三四って、アリスさんの息子。厨房にいる。俺たちと同じ年。」涼矢は和樹にも解説をした。
「そ、俺たちと同い年で、既に妻子持ち。」と哲が補足した。
「子供?」
「うん。1歳の女の子。かーわいいんだ、これが。」哲は顔をくしゃくしゃにして笑う。「パパって呼ばせようとしてるんだけど、パパだよーって言うと、六三四が死ぬほど怒る。」
「おまえなあ。」
「だって俺さぁ、この先、パパって呼ばれる可能性ゼロだもん、ちょっとぐらいね。……あ、おまえらもか。」
「そんなの分かんないし。」と和樹が言う。
「は?」
「もし子供が欲しくなったら、親のいない子とか引き取って育てるから。そういうことになってるから、俺たちは。」
「え、そうなの? 田崎?」
「同性カップルだからって養子を持てないことはないな。」
「そうだけど、そういう話してんじゃなくて。おまえら、そんな先々の話までしてんの?」
「してんの。」和樹は強気な態度を見せた。「俺がハゲてもメタボになってもいいって言ってくれてんの。」
「ほわあ。」哲は妙な声を出した。「そいつは、また。」
「大丈夫なの?」和樹が話題を戻した。「実家。お正月なのに、帰らなくて。」
「……うん。今頃、向こうの実家に行ってるはずだよ。孫と言っても、俺は血が繋がってないから、行っても歓迎されないだろうし、変に気を使われてもね。叔父の家は、逆に娘が里帰り出産するとかで。」
つまり、今の哲は居場所がない。そういうことなのだろう。――だが、彼に居場所があったことなんて、あったんだろうか。和樹は、そんなことを考える。
「あの人たち、事情は違うけど、要は俺と同じだよ。帰るところなんかない。」哲はカウンター席の客を見る。アリスも交え、仲良く談笑しているように見えるけれど。そう思った和樹の心を見透かすように、哲が言う。「家出同然で家を飛び出して来たり、親兄弟が死んで身寄りがなかったり、知り合いの保証人になって借金背負って、ネカフェみたいなとこ転々としてたり。そんな人たち。」
「そうは言っても、いつまでもアリスさんの世話にはなれないだろう? いつまでいるつもり?」涼矢が手厳しい言葉を投げる。
「来年、あ、もう今年か。今海外に赴任してるアリスさんの娘婿が帰国して、子供も生まれる予定なんだ。そしたらさすがに俺のいる場所はないんで、それまでかな。でも、この店の2階。今は倉庫代わりになってるけど、片付ければ寝起きするぐらいのスペースはあるから、どうしてもの時は、そこ使ってもいいよって。」
涼矢も以前そんなことを言っていた、と和樹は思い出す。いよいよ居場所がないならば、自分の家の空き部屋に住まわせることも考えている、と。
「どうして……。」和樹の口からポロリとそんな言葉が零れた。どうしてみんなそうやって哲のことを構うのか。しかも住むところの世話なんて簡単なことでもない。哲なんかのために、どうしてみんな。
「ん?」哲が和樹を見る。
「あ、いや、なんでもない。」
「どうして俺は学生向けアパートとか、シェアハウスとか、そうしないのかって?」
「……うん。」少しニュアンスは違うが、結果的にはそういうことだ。
「それはほら、簡単。俺、魔性の哲ちゃんだからさ。」哲は気取ったポーズをしてみせた。
「は?」
「あのね、都倉くんには分かんないのよ。でも、俺ってさ、ゲイにはモテんの。だからね、学生寮みたいな、不特定多数のお年頃の男の子がいるところにいると、何かしらトラブルが起きるわけ。俺を取り合って刃傷沙汰とかね。」
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