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第509話 彼と彼(3)
ふざけた口調ではあるものの、そんなことはありえないとも思えない和樹だった。返事できずにいると、哲が続けた。「やっぱり都倉くんは、根っからのストレートなんだなあ。」
「えっ。」和樹が驚いている隙に、コーラを飲み干した哲は席を立った。
「意味が分かんなかったら、涼矢に聞きなよ。」笑顔のままそう言い捨てて、空いた食器を重ねて手に持ち、哲はその場を去った。
和樹は涼矢を見る。少し顔色が悪い気がする。マキ相手にあれだけ啖呵を切るようなことをした涼矢が、何故何も言わないのだろうと気になって仕方がない。
「……涼矢って呼ばせてるの?」和樹は直接の質問を避けた。
「いや。」
「でも、今。」
「わざとだろ。引っ掻き回して喜んでるだけだから、気にすんな。」
「けど。」
「だから、嫌だって。」涼矢は苛立たしげに髪をかき上げた。「あいつ、そういう、悪趣味なこと言い出すから。そしたら、おまえ気にするから。だから、嫌だったんだ、ここ来るの。」
「なんだよ、それ。」アリスたちには聞こえないようにしゃべろうとすると、小声でボソボソとしゃべるほかなかった。「無理にとは言わないって言っただろ。」
「……もうあいつに振り回されんの、嫌なんだよ。」
「俺だって。けど、おまえの友達だし。」
「とにかく、気にするな。」
その言葉は、和樹には「これ以上この話はするな」と聞こえてしまう。
「分かった。」と和樹が言うと、涼矢の表情が少しだけ緩んだ。だが、次の一言で、一転する。「俺には関係ないってことだな?」
「そんな言い方。」さっき以上に硬い表情になる涼矢だ。
「口出すなってことだろ? 何があったか知らないけど。」
「ちがっ……。」言いかけたところに、アリスがやってきた。
「どう? 美味しい?」
「美味しいです。どっちも。」和樹は瞬時に「よそいき」の顔に切り替えて、にこやかに答える。
「そう、良かった。」アリスはにっこり頷いたものの、和樹のようには切り替えられない涼矢の表情を見て、何か感じ取ったようだ。「どうかした?」
「あ、いや、何でもないです。」
「前にもそんな顔してた時があったわねえ。ううん、あの時はもーっと暗い顔して、今にも倒れそうで。」アリスは和樹を見る。「なのに、誰かから電話もらったら、急に生き生きしてね。」
「電話じゃなくて、SNSのメッセージでしたけど。」と涼矢が正した。
「私、そういうのなんでも『電話』って言っちゃうのよ。動画はなんでも『ビデオ』だしね。」そう言ってアリスは笑った。
「10月の、あれ。」涼矢は気まずそうに和樹に説明した。「あの時、ここにいた。あっちの、カウンター席。」今は「淋しい常連客」がそこにいる。哲がその相手をしていた。
「ひどかったのよ、やつれちゃって。何日も何も食べてないって言うから、おうどん食べてもらってね。」
「や、何日もってほどでは。」
「もう、いちいち揚げ足取らないでよ。そういうところ、さっちゃんそっくり。」
吹き出したのは和樹だった。そして、それを見て、涼矢もホッとする。
アリスは空いた食器を下げながら言った。「お雑煮だけで足りる? カレーライスもあるわよ。」
「ここのカレー、スリランカの、」涼矢が説明しようとすると、アリスはそれを中断した。
「今日のカレーは違うのよ。ちょっと甘口の、市販のルゥを使った、日本のご家庭カレー。」
「そうなんですか?」
「そうなの。今日ここに来る人たちはね、そういうカレーが食べたいの。それに今日はセイさんいないから、凝ったもの作れないし。」
「それも六三四が?」
「去年までは私が作ってたのよ。でも、今年は私と六三四の2人で作ったわ。あの子の作るほうが作業が丁寧で細かいわね。野菜も随分上品なサイズになっちゃった。私のは家庭の味というより、キャンプのカレーだって言われてた。豪快で。」そう言って豪快に笑った。
「お餅で腹いっぱいって思ってたけど、聞いたら食べたくなっちゃったな。」と和樹が言う。
「じゃあ、少なめに盛り付けてきましょうか?」とアリス。頷く2人に、分かったと答えて、また厨房へと消えていった。
「おまえは、今の人の息子のことも知ってるんだ?」和樹が尋ねた。
「話さなかったっけ。厨房でコック見習いやってて。知ってると言っても、クリスマスのバイトの時に、ちょっと話したぐらいだけどね。そいつも俺も、あんまり自分から絡みに行くタイプじゃないから。」
「でも、哲はそいつとも仲がいいわけだ。」
「まぁ、ほぼ一緒に暮らしてるからな。世話になってる分、そいつの子供の子守もしてるし、そいつの兄貴には勉強教えてるらしい。」
「兄貴って、つまり、俺らより年上だろ?」
「ああ。税理士目指してるみたい。弁護士って税理士もやれるんだよ。だから試験勉強の内容も被るところがあって。」
「……そっか。哲は、なんのかんの言って、やっぱ、すげえのな。」涼矢が一目置くのも致し方ない。そう思うが、言いたくはない。
涼矢もさすがに和樹が今考えている内容は察した。「なあ。」
「何。」雑煮を下げられて、間が持たせるものがないので、水を飲んだ。
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