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第511話 彼と彼(5)

「都倉くんだって、俺のことまともだとは思ってないでしょ?」哲は笑う。「俺は分かってるよ。自覚してる。どうしてこうなったのか、原因も分析できてる。けど、自力でコントロールができるかっていうと別問題。……ああ、これ、ほぼ独り言だから真剣に聞かなくていいよ。人に話すと思考が整理されるから言ってるだけ。……それでね。田崎の歪みが都倉くんによって正されているように、俺の歪みはアリスさんが正してくれる気がしているわけ、今。つまりこれは俺による俺のための人体実験といったところで。」 「歪み? 人体実験?」和樹の眉間に皺が寄る。 「田崎を見て、俺も真似してみようと思った。都倉くんの役はヨウちゃんかと思ったけど、俺の場合、そこに恋愛を持ちこんじゃいけなかった。」 「おまえに必要なのは恋人じゃなくて親か。」涼矢が言った。 「うん。そう。」 「でも、アリスさんは親じゃない。迷惑かけんな。」 「迷惑かどうかは本人が決めるでしょ。」  涼矢は睨むように哲を見た。和樹は哲の言葉が理解できそうでいてできなかった。そして、涼矢との会話も謎掛けのようにしか聞こえない。――また、俺だけ蚊帳の外だ。 「なあ。アリスさんの、俺らと同じ年の息子って、今そこにいるの?」和樹は厨房の入口に目をやった。 「いるよ。興味あるの?」 「同じ年で、結婚してこどもいるなんてすげえなって思って。」 「うん、良い奴だよ。けど、超人見知りくんだから、そっとしといたげて。」 「哲とは仲良いんだろ?」 「俺とだって必要最低限の会話しかしないよ。でも、それがお互い快適って感じかな。お互い立ち入らないのがね。」 「なんか。」和樹は涼矢を見た。 「ん?」と涼矢が小首をかしげる。 「2人とも、俺に会わせようとしないよね。気のせい?」 「六三四のこと?」哲が割って入る。「……別にそういうわけではないんだけど。たぶん、田崎も。なあ?」哲が涼矢に同意を求めても、涼矢はうつむくばかりだ。「いいよ、そこからぐるっと回って、こっち来て。」哲は和樹を手招きした。  和樹は涼矢を見る。行っていいのか確かめるように、じっと見た。涼矢は何も答えず、そして引きとめもしない。それをOKと解釈して、和樹はカウンターの中へと入り、哲の後について行った。 「六三四、ちょっといい?」哲が厨房の入口で声を掛ける。  六三四と呼ばれた青年は、作業の手を休め、手を洗い、その手をペーパータオルで拭きながら哲と和樹に近づいてきた。「何?」無愛想な一言は、彼のいかつい外見と同じく、野太い声だ。和樹は間近で彼を見て、ぎょっとする。そして、ぎょっとしたのを悟られまいと努めた。がっしりとした体躯。太い腕。そして、そこに広がる鮮やかな龍の入れ墨。 「彼、都倉くん。俺の友達。田崎の彼氏。」 「彼氏?」六三四はいぶかしげに和樹を見た。無遠慮な視線だ。 「あ、えっと、初めまして。都倉です。」 「……で、何?」六三四は和樹に挨拶を返すこともせず、また「彼氏」の言葉を再確認しようともせず、哲に向かって言う。 「シェフに一言感想を言いたいって。」 「は?」という六三四の声と、「えっ?」という和樹の声が重なる。 「お雑煮とカレー、彼が作ったんだよ。」と哲がにこにこしながら和樹に言う。和樹はようやくそれが哲なりの助け舟だと気付いた。一見しただけでは「カタギ」には到底思えない風貌の六三四。そんな六三四を前にして狼狽えている和樹への。 「美味しかった、です。お雑煮も、カレーも。特にカレー、俺、ああいう、具が細かく切ってあるやつ、好きで。あ、俺、地元はこっちだけど、今東京で一人暮らししてて、あんまりああいうカレー食べる機会なくて、懐かしいっていうか。」 「どうも。」六三四はぶっきらぼうな口調ではあるが、ペコリとお辞儀をした。 「あと、その、同じ年で料理人やってて、それでこどももいるって聞いて、すごいなって思ったんです。俺なんかまだ将来何やりたいとかなくて中途半端だから、尊敬するっつか。」  六三四はもう一度和樹を上から下までじっと見た。「すごかない。俺こそ半端なことばかりして、親兄弟には死ぬほど迷惑かけた。あんたは1人で頑張ってんだろ。よっぽどすごい。――なんか、あんた、どっかで見たような顔だな?」 「宏樹さんっているじゃん。たまにカウンターで飲んでく、でっかい人。店長とラグビーの話してる。あのお客さん、この彼のお兄さんだよ。(もも)に絵本くれた。」 「……ああ。」六三四は何か思い出したようだ。「あの人か。言ってることも似てるな。ガキがガキ作っただけのことを、偉いとかなんとか。」六三四は和樹の顔を真正面から見た。「この間うちの子にって絵本くれた。まだ自分じゃ読めねえけど、嫁が読んでやるとキャッキャ言って喜んでる。……から、ありがとうって、お兄さんに伝えてください。それじゃ。」六三四は一方的にそう言って、持ち場に戻っていった。  和樹はその後ろ姿に軽くお辞儀をすると、カウンター席に戻った。 「良い奴そう。ちょっと、強面(こわもて)だけど。」和樹は涼矢にも哲にも聞こえるように言った。 「良い奴だよ。」と哲が言った。

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