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第519話 Bitter & Sweet (4)

 涼矢はしまった、と思った。が、もう遅かった。取り繕うように「手短にな。」と言う。 「何それ。一言じゃだめで、でも手短にしろって?」  涼矢は哲の指摘通りの矛盾を自覚しながらも、それを無視して再び歩き出した。哲が聞こえよがしに「ハァ」とため息をついた。背後をついてくる気配を察しながら、だが、今度はそれを早足で避けるような真似はせずに、涼矢は次の試験会場となる教室へと向かって行った。  そうして、若干ざわつく精神状態のまま受けた、後期最後の試験が終わった。本当なら、結果はどうであれ、少しは晴れやかな気分になれたはずだった。だが、そういうわけにも行かなくなった。  哲が涼矢に近づいてきた。「悪かったよ。」 「ああ。」 「バカップル見て、ちょっとからかいたくなっただけだけどさ。」  涼矢は筆記用具をバッグにしまいながら、チラリと哲を見た。「それだけ?」 「他に何が?」 「おまえは」言いかけたところへ、涼矢もうっすらと見覚えのある女子がやってきて、哲に声をかけてきた。 「哲ちゃん、本当に来ないの? 金曜の。」 「うん。金欠だし。バイトあるし。」 「そう? じゃあ、田崎くんは?」  急に話を振られて、涼矢は戸惑い、哲の顔を見る。  哲が涼矢の代わりに答えた。「無理だよ。だって、俺と同じだよ?」 「え、それ本当の話なの?」 「本人に聞いてみたら?」  女子は小首を傾げて、少し思案した後に言う。「田崎くんは、金曜日の夜、空いてない? パーティーっていうか、クラブでちょっとしたイベントあって。来るはずだった子が来られなくなっちゃって、チケットもったいないし。」 「行かない。」 「だよね。……でも、田崎くんて、本当に、その。」 「つきあってる人いる。」 「男の子?」 「うん。」 「へえ……。本当なんだ。哲ちゃんと同じって。」 「同じにされたくないけど、まあ。」 「ふうん。でも、あれよ? そんなに深刻な会じゃないの。人数多いし、適当に飲んで食べて帰っていいよ。私も彼氏いるけど、そういうの関係ない、気楽なやつだから。」 「人数多いのも苦手だから。」 「そっか。分かった。じゃあ、そのうち少人数でごはんでも食べようね。」 「……ああ、うん。」  女の子が去っていく後ろ姿を見ながら、涼矢は哲に問うた。「あれ、誰?」 「え、おまえ誰か分かんないでしゃべってたの?」 「うん。」 「同じクラスの子だよ。」  クラスが同じといえども、学部と第二外国語でドイツ語を選択しているぐらいの共通項しかない。 「4月のクラス親睦会にも来てたよ。」 「そんな1年近く前のこと、忘れた。」 「薄情な奴。」 「おまえに言われたくねえよ。」 「そう? 俺、田崎よりは情け深いと思うけど。」  結局2人で連れだって歩き出す。涼矢は途中の自動販売機の前で立ち止まり、ミネラルウォーターを買った。 「水買うの?」 「買っちゃ悪いか。」 「いちいちつっかかるなよ。水に金払うの、もったいないなぁと思っただけ。水なら学食の冷水機でいいじゃん。」 「……おまえは?」 「あ?」 「何か飲むか?」 「買ってくれんの?」 「ああ。」 「じゃあ、コーラ。」  涼矢はコーラを買い、哲に渡す。そして、一番近い出入り口から校舎を出て、あまり利用者のいない外のベンチに座る。 「ここじゃあ、寒くない?」コートのポケットに両手をつっこんで、哲がブルっと震えた。 「そんなに長話する気はねえよ。」 「ホットにすればよかった。」哲は渋々ベンチに座り、コーラを開ける。 「それで、俺に言うことは?」 「だから、ごめんって。」 「何に対する謝罪のつもり?」 「都倉くんの前で、わざと彼の知らない話題出したりぃ、おまえのこと涼矢って呼んだりぃ、それと、ゲイの俺たちとノンケの都倉くんとの間には深ーい溝があるって、あてこすった。」 「やっぱりそれ、ぜんぶわざとか。」 「当たり前だろ。」 「俺のこと執念深いとか言って、おまえだって、自分のやったことしっかり覚えてるじゃねえか。」 「自分の言った言葉ぐらい覚えてるよ。まぁ、人の言葉も覚えてるけどね。」 「おまえ、覚えていたくないことほどきっちり覚えていそう。」 「ハハ、あたり。」 「まあ、俺もそういうとこある。」 「だよね。」 「……似てるとは思う。」涼矢は少し遠くの地面を眺めて話す。時折、学生たちの足が視界を横切っていく。「けど、同じじゃないし。」 「そりゃそうだ。全然違う。」  涼矢は横目で哲を見た。「そう思うんだ? 俺はてっきり、同族扱いされてるんだと。ゲイで、執念深くて。」 「それだけだろ、共通点なんて。それ以外は違うことばかりだ。」 「そう思ってたんだったら、なんで和樹にあんな言い方――和樹と俺らは違うんだ、みたいな。」 「そうやっておまえに庇ってもらえるじゃん、彼は。だからだよ。」 「羨ましかった?」 「そう。……それに、ああいう、天然ちゃんっていうか、明るくて素直で、どんな人とでも話せば理解しあえるって、はなから信じてるような」哲はそこまで言いかけて、やめた。「都倉くんがどういう奴だったとしても、変わんなかったな。要はおまえが取られんのが嫌だっただけだから。」

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