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第520話 Bitter & Sweet (5)

 それきり口を閉ざす哲に、涼矢も何も言えずに黙り込んだ。お互いにただ手中の水分を流し込んで、時が過ぎた。  先に口を開いたのは涼矢だった。「おまえの『好き』ってのは、そういう風にしか、表せないの?」 「そうかも。」 「でも、それって。」 「ああ、うん、いい。みなまで言うな。」哲はわざと時代がかった言い方をして苦笑いをした。「それは愛じゃない。執着とか未練とか言われる類の独占欲。こどもが、飽きて放っておいたはずのおもちゃなのに、別の子が遊びだした途端に、それ僕のー!って取り返したがるようなものに過ぎない。……って言いたいんだろ?」 「いや、違うな。ちょっと違う。」 「なんで。」 「俺はおまえと会うより先に和樹がいたし、あいつしかいないと思ってた。一度でもおまえのものになったことはないから、取り返される覚えもない。」 「おまえがどうこうじゃないんだよ。俺の体感としてね。俺が田崎と出会った時、都倉くんとはもう付き合ってただろうけど、少なくとも現実、物理的に隣にいなかったし、存在を意識することはなかった。そんな状況で仲良くなって、そんで、俺がゲイだって隠してなかったりとか、そういうことで、おまえにとって俺は他の奴とは違う存在になったと思った。俺は、ええと、そう、調子に乗ってたっていうのかな。特別扱いされてるって思ってたわけ。それでうっかり勘違いして、ちょっと好きになっちゃったりしたわけ。でも都倉くんと実際会って、おまえの本気の特別扱いっての、まざまざと見せつけられてさ。あたしはただの遊びだったのね、みたいな屈辱をね。」 「俺、さ。」涼矢は足元の砂利や雑草を軽く蹴散らす。「俺は、人付き合い苦手で、距離感ていうか。そういうの、時々間違えるから聞きたいんだけど。……俺、そんな勘違いをさせるようなこと、してたか? だとしたら、それはやっぱり、うちに泊まった時の、あのことか? それ以外にも何かある?」  哲は一瞬顔を歪めてから、吹き出した。「本当だよ。おまえの距離感、本当にわけわかんないよ。俺はおまえに振られてんだよ? 振った相手に、どうして勘違いしたのかって聞くわけ? ひでえ奴だ。やっぱり薄情。冷血漢。」 「……ごめん。」 「なーんて、思ってるわけないじゃん。」哲は笑う。「人との距離感ね。そこも共通項だな。俺もよく分かんないよ。分かってたら入院するほどの怪我させるDV男とつきあわないよ。」  涼矢は哲を見た。「けど、そういうつきあいは、もう、やめたんだろ?」 「うん。そのつもりではいる。」哲も涼矢を見た。「そういうとこだよね。そうやって、心配してくれるじゃん? だから特別扱いされてるって勘違いする。俺、おまえに絶交されても仕方ないなぁって、結構初期段階から思ってたよ。でも、おまえは怒ったり文句言ったりはしても、結局見捨てないでいてくれるし。」 「それは……。」和樹がそう望んでいることを知っていたからだ。それが裏目に出たということなのだろうか。 「俺がやってることは、いわゆる、試し行動ってやつだよ。」 「試し行動って、虐待を受けた子が、優しいはずの里親にわざと悪さして、どこまで許してもらえるか試す……みたいなのだっけ。」 「そう、それ。恵まれた環境に変わって、さぞや喜んで幸せを満喫するだろうと思うと、そうじゃない。暴力をふるったり、嘘ついて困らせたり、部屋をメチャクチャにしたり。優しい言葉を言ってくれる相手が、口先だけじゃなくて、本当に自分を受け容れてくれるのか、そうやって愛情を量るんだ。」 「つまり、俺を試してる?」 「うん。おまえも、都倉くんのことも。ヨウちゃんだってそうだし、アリスさんに対しても。」 「……それだけの人に優しくされてるんだったら充分じゃないの? まだ試さないでいられない?」 「ヨウちゃんがね。」 「倉田さんが?」 「だって、あの人、俺のこと捨てたわけじゃん、結局。あれで振り出し……とまでは行かないけど、人生ゲームなら5コマぐらい戻っちゃった。」 「そこまで自己分析できてるなら、試す必要ないんじゃないの。」 「言っただろ? 理由や理屈が分かってたって、コントロールできないんだよ。簡単に言っちゃえばさ、俺は親から愛されてなかった。だからベースができてない。空洞の上に何を重ねたって安定しないし、安心なんかできない。」  そう思うからこそ、哲は今、アリスさんに頼ってるのだろう。 「それならそれで、まずは、色恋じゃなくて、そのベースってやつを。」 「分かってるよ。」哲はコーラを飲み干した。「けど、1人で寝るのももう飽きたし、誰か引っ掛けようかなって思っちゃう。でもそういうのはもうやめようって思うし。でも淋しいし。セックスしたいし。そんな時にさ、おまえら、へらへらいちゃいちゃしやがって。」

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