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第521話 Bitter & Sweet (6)

「へらへらいちゃいちゃはしてないだろ。そう見えたんなら仕方ないけど、こっちのせいじゃない。」 「だから別に、謝れとか言ってないじゃん。」 「じゃあ、つっかかるのもやめろよ。……少なくとも和樹は関係ないだろ。当たるなら俺にしろよ。俺だけに。」 「しょうがないじゃん、おまえのことは好きなんだから。」  涼矢は言葉に詰まる。 「なんだよ、その顔。」 「……まだそんなこと言ってんのかよ。」涼矢はふう、と息を吐き、前屈姿勢で頭を抱えるようにした。「俺のどこがいいんだ?」 「またそういうことを。」 「だって……いるだろ、他に、もっと。」 「田崎よりいい奴がって?」 「そう。」 「いるよ。たっくさんいる。」 「だったらもう、俺のことなんか。」 「そうしたいよ、俺だって。」  涼矢は靴先をじっと見た。しばらくの沈黙ののちに、言った。「……じゃあ、もう、会わないようにするか?」 「えっ?」 「絶交ってやつ。」涼矢は髪をかき上げる。「ガキみたいだけど。」 「何を急に。そんな話してないじゃん。」 「……俺といたら、おまえ、キツイだろ。……いや、これはずるい言い方だな。俺がキツイんだ。」 「え、ちょっと待ってよ。やだよ、そんなの。なんでそんなことになるわけ? 俺が試し行動だとか言ったから?」 「……俺は、和樹を傷つけたくないんだよ。おまえがもし、ホントに俺のこと、その、そういう風に見てるんなら、一番聞きたくないことかもしれないけど、俺は和樹が大事で、あいつを悲しませたくないんだ。」 「そんなの知ってる。この間は悪かったよ。これからはあんなやり方はしないから。……あ、まさかおまえ、俺の告白のこと、都倉くんにまたバラしたり?」 「してない。墓場まで持ってく。」 「そこまでのことかよ。」 「そこまでのことだよ。」 「分かった、俺からもそのことは決して言わない。約束する。おまえたちの邪魔もしないからさ。今まで通りでいいじゃん。な? 別に俺、都倉くんからおまえを奪ってやろうとか思ってないし、今まで通りに、普通にしてくれたら、それで。」  涼矢はふいに思い出した。  和樹に告白した時のこと。  告白して、二度と会わないと告げた日のこと。  和樹は、俺の想いを受け取ることはできないけれど、二度と会わないなんて言わず、今まで通り普通に会えばいいじゃないかと言った。  俺は、あの時、どう答えたんだっけ。こいつは何を言ってるんだと思ったのは覚えている。そんなことができるわけないと思ったことも。俺がどれだけの覚悟で伝えたのか、ちっとも分かっていないんだと思って、悲しくもなった。そして、それほどまでに「彼」の住む世界は、自分のいる世界とは違うのだと絶望した。 「普通になんか、できない。」涼矢は無意識に顔を両手で覆った。それを泣き出したのかと勘違いして、哲が慌てた。 「どうした。俺、別にそんな変なこと言ってないじゃんか。俺がおまえのこと好きでも、勝手に好きなだけだからさ、気に病むことない……って、この流れでこの言葉はおかしいか。……とにかく、そんなに深刻になるなよ。俺だってそのうち、別の奴、好きになるし。それまでの辛抱で。」哲は明るい口調で言う。 「おまえのことは、嫌いじゃない。」涼矢は顔を覆う手を外して、哲を改めて見つめた。泣いたりなどはしてなかった。「好きか嫌いかで言うなら、好きだと思う。――もし……あくまでも仮定の話だけど、もし、和樹がいなかったら、おまえを選んでたかもしれない。」 「意味のない仮定だな?」哲は皮肉っぽい笑顏を見せる。 「そう、だな。」 「でも、気持ちはいただくよ。おまえは今、俺を慰めてくれてるんだもんな? 冷血漢だなんて言って悪かった。振った相手にまでこんなに優しいってのになぁ。」 「混ぜっ返すな。」 「だってそんな深刻な顔で、重苦しく言ったらさ。」哲は涼矢を見た。「本当に会えなくなっちゃう。」 「俺と顔を合わすの、嫌じゃないのかよ。」 「なんで嫌って発想になんの。好きな人の顔だもん、毎日だって見たいよ。」 「……信じらんね。」 「何が?」  涼矢は前屈気味だった姿勢を起こし、今度はベンチの背もたれによりかかる。「俺は、言えなかった。ずっと片想いしてて、気持ちを言えたのは卒業式間際だった。卒業したら会えなくなるから、だからこそ言えた。翌日も顏を合わせるんだったら、怖くて言えなかった。」 「それは彼がノンケだからだろ? 気持ち悪いとか軽蔑とか、そういう目で見られることが、怖かったんだろ? でもおまえは違うじゃん。それどころか、やっぱゲイ同士のほうが楽って気づいて、俺に乗りかえるんじゃないかと淡い期待だってできるじゃん。」 「それはない。」 「わ、即答かよ。厳しいなぁ。」哲は笑った。 「けど……本当に、俺はそんな、今まで通りになんかできねえよ。それでも、会えないよりはマシ?」 「ああ。おまえは今まで通り友達ヅラしてりゃいい。演技でもいいからさ。」 「友達ヅラって。友達ではあると思ってるよ。だって俺ぐらいなんだろ、まともなお友達。」

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