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第523話 Bitter & Sweet (8)

「そこだけだね、目下の問題点は。」 「は?」 「性欲処理。それだけはホントにまいってる。叔父さんちでも、アリスさんちでも、1人きりになれることがほとんどないからさ。」 「まだ叔父さんちにいることあるんだ?」 「試験中はずっとそうだよ。バイトも休んでるし。明日からまたバイト復活するけど。」 「へえ。テスト勉強、ちゃんとするんだ。」 「そりゃするよ。奨学金もらえないと困るし。」 「そういうところは真面目なのにな。」 「性的には乱れてるのにって?」哲は笑う。 「でも、今は乱れてないんだろ?」 「うん。いい子にしてるよ。最後にセックスしたのいつだっけなって思い出せないぐらい。」 「……あの時じゃないの。東京で、倉田さんと。」夏休み。和樹に会いに東京に行き、哲を和樹に引き合わせた。倉田と4人で焼肉を食べた。それからそう日も経たないうちに彼らは別れてしまった。地元に戻る新幹線の中で、涼矢は哲に請われて肩を貸してやった。打ちひしがれてむせび泣く哲を、憐れだと思った。――哲と倉田さんが別れた責任の一端は間違いなく俺と和樹にあったのだろう。それでいて哲を憐れがるなんて、勝手な言い草だけれど。 「それ言っちゃいますか。人の傷口、えぐるねえ。」 「それなら忘れるわけないだろうって思うけど。」  哲は涼矢と反対方向を向いて、ぽつりと言った。「忘れるわけない。」  ああ、やっぱり哲は、あんな風ではあったけれど、あの男のことを愛してはいたのだ。俺と和樹との間に流れるものとは違うように思えたけれど、確かに、倉田さんのことを。そんなことを思っていると、そっぽを向いていた哲が振り返り、涼矢を見た。 「でも、あの時じゃない。」 「えっ?」 「あの後、何人かとヤッた。みんな1度きりの相手で、もう顔も覚えてないけど。」  目を逸らせたのは涼矢のほうだった。 「田崎は、そういうとこ、ホントに潔癖だな。」揶揄する口調で哲が言う。 「俺が潔癖なわけじゃない。」 「はいはい、俺がビッチなだけ。」 「……そういうのはやめるんじゃなかったのか。」 「ヨウちゃんがいる前提だもん。別れたんなら無効だよ、そんなの。でもさ、すぐやめたよ。あの時はヤケクソっていうか、とにかく淋しかったからそうしたけど、やっぱりやめようって。」哲はほんの数センチだが、涼矢に顔を近づけて、内緒話をするような小声で言った。「おまえにもう軽蔑されたくなかったから。」 「そんなんに引っかからねえよ。」涼矢は腰を浮かせ、10センチほど哲から遠くなるように座りなおした。「大体、倉田さんと別れてから俺に乗りかえるのが早過ぎるだろ。あっちがだめならこっちって、そんな都合のいい話があるかよ。」 「時間かけりゃいいってものでもないだろ?」 「俺は3年かかった。」 「3年モーションかけつづけていたわけじゃないだろ?」哲は涼矢の手に自分の手を重ねた。すぐに涼矢がその手を引っ込めた。「そこまで嫌がらなくても。」 「触るなよ。」 「和樹くんのものだから?」 「おまえがあいつの名前を呼ぶな。」 「人をバイキンみたいに言うなよな。」哲は苦笑いした。「なあ、手だけ。手だけちょっと触らせてよ。それ以上のことは絶対しないから。」そう言っている時にはもう、涼矢の手をつかみ、手相見のように、手のひらを上向きにした涼矢の手を両手で包んだ。「俺、結構、手フェチでさ。人の手に触るの好き。……指、長いね。」 「手がデカいだけ。」涼矢はもう諦め半分で、哲に手を預けたままにした。 「そんなことないよ。きれいな手。」 「ナンパしてんの?」 「そうだって言ったら?」 「ほかを探せ。」 「おまえはどうしてんの。」 「何が。」 「1ヶ月以上もご無沙汰なんだろ?」 「ノーコメント。」  哲が吹き出す。「ノーコメントったって、おまえらがやることなんて、せいぜいテレセぐらいだろ? オナニーと同じじゃん。」哲が涼矢の人差し指と中指をまとめて握る。「まぁ、それ想像するだけでもエロいけど。」握った手を筒状にして、意味ありげに動かす。  涼矢がその手を振り払った。さらに水滴を落とすようにブンブンと振り回した。「そういうことをするなら、本当に絶交する。」 「ガキじゃあるまいし。手ぇ握ったぐらいで。」 「ガキはそんな触り方しない。」  途端に不機嫌を絵に描いたような表情になる涼矢を、しかし哲は意に介さない。「都倉くんとヤル時って、どういうことすんの。」 「言うか、馬鹿。」 「おまえ、しつこいセックスしそう。なかなか挿れないで焦らすような。」 「……。」 「そうなんだ? そういうの好きだけど。」 「黙れ。」 「俺さ、おっさんとヤることも多かったから、そういう人も多かったよ。勃ちが悪かったり、何度も出来なかったりして、だから、1回1回がすげえしつこいの。」 「俺はおっさんじゃねえし。」  哲は声を上げて笑った。「知ってるっつの。」 「もういいや。なんか、気が抜けた。おまえの相手をまともにするの、アホらしい。」涼矢は立ち上がる。つられるように哲も立ち上がった。 「ベッドの相手なら真剣にやってやるよ。」哲は涼矢の頬を人差し指でつついた。

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