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第525話 2.14 (1)

 そんなある日、リビングの壁のカレンダーが、月が変わって数日経過しているというのに1月のままであることに気付いた。1枚剥がすと、「バレンタインデー」の文字が目に入ってきた。和樹の誕生日だ。  そうだ、財布をプレゼントすると約束したっけ。涼矢はショッピングセンターに出向いた。選択肢は多くはないが、ブランドショップもないわけでない。和樹と映画を観たシネコンも同じ敷地にある。その時には利用することのなかった駐車場に車を置いて、涼矢は男性向けの小物類を扱うフロアに向かった。  ここにはあまり来ない。買い物ならネットショップのほうが便利だ。今回わざわざ足を運んだのは、和樹がくれたピアスのブランドが、最近になってこのショッピングセンターにも出店したと知ったからだ。そのブランドは元は洋服のブランドで、ピアスのようなアクセサリーだけでなく、バッグや財布といった小物も展開していた。ネットショップで買うこともできたが、ここで買えるならきちんと実物を見て決めようと考えた。そうやってあれこれ考える時間も込みでプレゼントなのだ、と和樹も言っていた。  目当ての店はすぐに見つかった。財布のコーナーもすぐに分かった。二つ折り、長財布、小銭入れ。涼矢はあまり悩むことなく、二つ折りタイプを選んだ。今、和樹が使っているのがそのタイプだからだ。少し悩んだ末に、もうひとつ長財布も手にした。自分用だ。自分も今は二つ折りを使っているが、そこまでお揃いにしてしまうのも気恥ずかしい。それに東京に行った時に取り違えたりしたら大変だ、などと余計な想像までしてしまう。  店員にプレゼント用だと伝えると、2つともギフト用に包装してくれた。二つ折りタイプだけでいいんです、と言いそびれて、そのまま受け取った。それを見て、和樹に両方見せてどちらがいいか選んでもらってもいいか、と思ったりする。  目的を果たして、車に戻る。ミラーの角度を調整しようとした時に、自分の顔がやけにニヤけていることに気付いた。和樹の反応を想像していたらそんな表情になっていた。和樹を想う時間は、和樹へのプレゼントである以上に俺が楽しんでいるんじゃないのか?……涼矢はそんなことを思い、それから、あの食器を選んでいた時の和樹が、今の自分と同じようにニヤけていたらいい、と思った。  家に着いて、財布を2つ、机に並べてみた。その段になって気が付いた。実物を見て選んでもらうなら、直接会った時にしか渡せない。会えないなら送ればいいかと思っていたというのに。せっかくのギフト包装をほどいて写真を撮るのも野暮な話だし、和樹にもネットショップのカタログページを見てもらって、「これとこれ、どっちがいい?」と電話で話せば済むことではあるが、それでは目の前で「どっちにしようかな」と悩む和樹を見ることができない。いっそ2個ともプレゼントしたって構わないが、和樹が2個の財布を必要としているとも思えない。邪魔なだけだろう。それに「さりげなくお揃い」ができなくなる。  涼矢は時計を見る。夕方だ。通常のバイトの曜日ではなかったけれど、春休みは変則的なシフトなのでバイトしているかもしれない。結局夜遅い時間になってから、電話した。ひとしきり雑談を交わした後、切り出す。 「おまえの誕生日、さ。当日はバイト?」 ――うん、バイト。 「そうか。大変そうだな。チョコやプレゼント持ち帰るための大きなバッグ持って行かなきゃな。」 ――そんな馬鹿な。 「で、誕プレなんだけどね。」 ――ああ、うん。 「送ろうかとも思ったけど、やっぱり直接会った時に渡したくて。」 ――俺もそのほうがいいな。 「誕生日過ぎちゃうけど。」 ――おまえの時もそうだったろ。1ヶ月以上過ぎてた。 「そうだったっけ。」 ――そうだよ、だってあの食器、夏休みに来た時、初めて見せたんだから。あれ、もう8月も後半だったじゃない? 「そっか。でも、今年は、夏休みより前にどこかで時間作るから。」 ――うん、そうだね。けど、俺も新年度のカリキュラムと、バイトと、サークルと、スケジュールいろいろはっきりしてからじゃないと、予定入れられないから、その話はまた後日。 「ああ。」 ――悪いけど、明日もちょっと、合格発表の子とかいてさ。準備もあるから、もう切るよ。 「うん、忙しいとこ悪ぃ。また。」  和樹の声が少し疲れているようで心配だったが、手伝ってやることもできない。だが、ひとまずプレゼントの話は出来たので、それで良しということにした。  一方、電話を切った和樹は、後悔していた。さも忙しいようなことを言って切ってしまったが、本番の入試を終え、結果を伝えに来る生徒に対して、できることなど何もなかった。忙しいのは気持ちだけで、要は「どうにも落ち着かない」というだけだった。その状態で涼矢に対して上の空になるのが嫌だった。それを悟らせてしまうことも。だが、自分の誕生日プレゼントの話をしてくれているのに、あんな一方的に切るべきじゃなかったと思う。かといって掛けなおしても同じことだ。

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