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第526話 2.14 (2)

 中学まではさほどではなかったが、高校時代の和樹は、バレンタインともなると、それこそ持ち帰り用の紙袋を用意する有様だった。部活やクラスの女子からの、いかにもな義理チョコもあれば、それなりに本命めいたものもある。手渡されもしたし、そっと机や靴箱にしのばせてあったり、あるいは郵送されてくることもあった。もらえることは素直に嬉しかったが、返礼を考えることは億劫だった。それから男連中に冷やかされることも。  つきあっていた彼女からもらったことは案外とない。交際期間が短いことが原因だ。恋の季節と言えば夏で、確かに夏から秋にかけてつきあうことが多かった。夏休みに入る少し前、それから文化祭や修学旅行といった、秋に執り行われる大きな行事の前。そういう時期になるとみんなソワソワして、相手を見つけようとする。そうやって見つけた相手との恋は、行事が終わるとともに終わる。それでも綾乃とは冬を迎えても続いていた。クリスマスイブに冬期講習の予定を入れるまでは。  そんなわけで、2月のバレンタインデー前後には特定の相手がいなかったのだ。ということは、誕生日プレゼントももらえずじまいだったことを意味する。マフラーや財布といったプレゼントは、だから、そういう意味のプレゼントではなかった。マフラーは手編みに凝り始めた当時の彼女がチャレンジした、記念すべきひとつめの作品だった。幾何学模様にしては非対称な模様が入っていると思ったら、和樹の「K」だと言う。下手過ぎて歪んで読めなかっただけだった。財布は、交際1ヶ月記念だと言っていただろうか。そんなものを祝いたい気持ちは理解できなかったが、1週間で別れた相手がいたことを思えば、祝っていいことなのかもしれなかった。  だったら涼矢となんて、もう、11ヶ月に及ぼうとしている。最長記録だ。しかもそのうち10ヶ月半は遠距離恋愛で。これはもっと盛大に祝っていいんじゃなかろうか。そんなことを考えているうちに、和樹はなんだか愉快になってきた。次に会う時が仮に3月末だったら、サプライズで「満1周年記念」として、部屋を派手に飾り付けて待っていてやろうか。さぞかし驚くだろうな。あいつ、そういう記念日とか、考えたこともないっぽいもんな。俺もだけれど。元カノたちがそういったことにこだわるのが理解できないクチだったはずなのに。  その誕生日当日、つまりバレンタインデー。塾に出向くと、案の定数人の生徒からチョコをもらった。小学6年生の菜月もその1人だ。だが、小学生なんて可愛いものだ。周りに誰がいても平気で渡してきて「特別に手作りなんだよっ。」と自慢気に言う。月初の不合格の件以降、菜月は前にも増して逞しくなったようだ。  一方で、中2中3の女子ともなると、もう少し複雑だ。バレンタインの数日前から様子がおかしい。切羽詰まった顔で休み時間のたびに講師のデスク回りをウロウロする。果ては授業がすべて終わってからも自習室で時間を潰し、時折様子を窺いにきて、他の講師が席を外した瞬間に、そっとチョコらしき包みを渡してくる。だが、そもそも中3生は和樹の受け持ちではない。見た目だけで好意を持たれているのが明白だし、和樹の側にしてみればフルネームすらろくに知らないような生徒だ。それでも、「ごめんなさい、迷惑だと思いますけど」「お返しは要りません」……などと殊勝なことを泣きそうな顔で言われると、和樹といえどどうしていいか分からない。同じ高校生同士だった頃ならいざしらず、曲がりなりにも先生と生徒だ。軽い気持ちの一言の返事が、彼女の一生を傷つけることにもなりかねない。それに、涼矢からのあの告白。あれを経験してしまった以上、他者から寄せられる好意には、その気持ちに応えられなくても、いや、応えられないからこそ、慎重にしなければと思う。  その点、菜月はあっけらかんと「ホワイトデー期待してまぁす」と言ってきたりする。その図々しさにホッとする。和樹は冗談半分に、バレンタインじゃなくて誕生日プレゼントだろう、お返しなんかしないよ、と答えた。和樹の誕生日を知らない菜月は、何を言ってるの、と笑う。 「本当だって。ほら。」和樹は学生証を見せた。菜月は興味津々にそれをのぞきこむ。菜月のリアクションがいちいち派手なものだから、周りにいた関係のない子たちまで寄ってきて、一緒になってのぞきこんだ。 「本当だ、生年月日、2月14日って書いてある!」 「都倉先生、おめでとう。」  口々にそんなことを言ってくれる。  その中でも菜月は、今は私が話しているのよと他の子を牽制するように、一歩近づいてきた。「じゃあ私の誕生日にお返しください。7月だから。」  どう答えるのだろうと和樹の答えを待っているらしい周りの生徒の視線が痛い。しまった、軽率に学生証なんか出すんじゃなかったと後悔しながらも冷静を装い、「特定の生徒にだけ誕生日プレゼントなんてあげません。」と言った。 「うっそー。お返しなしってひどくないですかぁ?」

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