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第528話 2.14 (4)

 だが、どうも明生に関しては、浅はかさなんてものはほとんど感じない。それはたぶん、授業中に時々書かせる短い作文ひとつにも、真剣に思い悩む姿を見ているからだろう。「でも」がいいか、「しかし」がいいかで長いこと悩む明生は、涼矢が「ちょうどいい言葉を探している」姿にどこか似ている。 ――だから俺、あの子のこと、妙に信用しちゃうんだな。  涼矢との共通点を見つけた生徒を信用する。それがいいことなのか悪いことなのかは、まだ結論の出せない和樹だった。  アパートの自分の部屋に戻って間もなく、涼矢から電話がかかってきた。 「おまえ、監視カメラつけた?」 ――つけたいけど、今のところはまだ。なんで? 「すげえタイミング良かったから。さっき帰ってきて、今一息ついたとこ。」 ――ああ、それは偶然。ていうか、だいたいこの時間に和樹から電話かかってくること多いから。今日は一応、特別な日なので、先手を打とうかな、と思って。誕生日、おめでとう。 「ありがと。……けどさ、だったらほら、日付が変わった夜中の零時に電話すればいいのに。普通、一番乗りっていったらそうするだろ?」 ―― ……思い付かなかった。 「マジで?」 ――うん。深夜零時に電話したら迷惑かなって。 「いつもしてるだろ、そのぐらいの時間に。」 ――それは11時とかにかけた電話が長引いた時で、最初から零時はないと思う。少なくとも俺からはないはず。 「俺からはあるよ。迷惑だった?」 ――いや、全然。2時ぐらいまで起きてるし。 「じゃあ、いいじゃん。」 ――単なる癖だよ。習慣。深夜の電話は親が危篤の時ぐらいっていう先入観。 「家の固定電話ならそうだけどさ。ま、とにかく俺はいいよ、夜中の12時でも1時でさ。」  零時を数分過ぎたぐらいのことで、涼矢の声が聞けないのは嫌だな、と思う。でもそれをそのまま言うのは恥ずかしくて、そんな言い方になった。それでもまだ甘えたことを言ってしまったような気がして、話題を変えた。 「あ、そうだ、今日さ、おまえと1日違いの誕生日の子がいたよ。7月の8日なんだってさ。7日が良かったぁって騒いでたよ。」 ――へえ。でも7日だって別に、ねえ。祝日でもないし。 「それを言ったらバレンタインデーだって平日だよ。」 ――そうだ、チョコ。たくさんもらった? 「まあまあもらった。」 ――和樹のまあまあって何個だよ。200個ぐらい? 「馬鹿か。」和樹は笑う。「えっと。」塾に持って行ったかばんを探った。「3……、あ、4個かな。それと、前にもらったのが2個あるから、6個。そんなもんだよ。」 ――充分でしょ。生徒から? 「1個は事務の人からの義理。」菊池が講師全員に配り歩いたのは、いつぞやのチョコバーだ。 ――残りは女子中学生からの本気チョコ。 「小学生も入ってる。おまえはどうなんだよ。」 ――ないない、1個もない。義理すらない。 「嘘だろ。電車の中でOLにまで声掛けられたくせに。」 ――学校ないし、人に会ってない。 「ああ、そういうことね。」 ――高校だって、部活やクラスの全員に配るような、そういうのしかもらったことないよ。 「へえ、意外。」 ――あのな、俺がモテないのも事実だけど、おまえみたいにチョコホイホイなのが少数派なんだからな? 柳瀬だって、宮野だって、奏多だって、みんな義理以外もらってなかったからな? 「あいつらはもらえないの分かるけど、涼矢は。」 ――俺が何。 「かっ。」 ――か? 「……こいいのに。」 ――え? 何? よく聞こえなかった。  涼矢はわざと言っているのではなく、本当に分かっていない様子だ。  和樹は若干キレ気味になって言った。「涼矢はカッコイイのにって言った。」 ――それは……ありがとう。 「いや。」微妙な間があったが、再び口を開いたのも和樹だった。「そういや、俺からおまえにって選択肢もあったのか。」 ――ん? 「俺はその、誕生日だし、もらう日としか思ってなかったけど、その、バレンタインデーとして考えたら、俺からおまえにチョコっていうもアリだったのかなって。」 ――俺にとっても今日はおまえの誕生日って意味しかないよ。それに、この時期にチョコ買うのって男にとっちゃ結構な罰ゲームだと思うけど。 「確かに。」 ――まぁ、和樹からそういう言葉が出てきただけでも喜んでるんで。 「だったらもっと嬉しそうにしろよ。」涼矢は淡々としゃべっていた。 ――思考停止してるんだよ。嬉しすぎて。 「来年な。」 ――来年? 「来年はちゃんとやるよ。少し時期ずらしてちゃんとチョコ買う。思考停止するほど喜んでくれるなら。あ、手作りがいいか? なんかあるんだろ、溶かして固めるだけみたいなキット。」和樹は笑い混じりにそんなことを言った。 ――いや、手作りだったら安くても市販品希望。 「なんだよ、俺の手作りは嫌かよ。」 ――そうじゃなくて。……いや、そうかな。あのさ、チョコって難しいんだよ。温度管理とかね、お菓子の中でも実は難易度高いの。初心者用の溶かして固めるだけの手作りトリュフキットなんて、わざわざまずくしているようなものなんで。

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