528 / 1020
第528話 2.14 (4)
だが、どうも明生に関しては、浅はかさなんてものはほとんど感じない。それはたぶん、授業中に時々書かせる短い作文ひとつにも、真剣に思い悩む姿を見ているからだろう。「でも」がいいか、「しかし」がいいかで長いこと悩む明生は、涼矢が「ちょうどいい言葉を探している」姿にどこか似ている。
――だから俺、あの子のこと、妙に信用しちゃうんだな。
涼矢との共通点を見つけた生徒を信用する。それがいいことなのか悪いことなのかは、まだ結論の出せない和樹だった。
アパートの自分の部屋に戻って間もなく、涼矢から電話がかかってきた。
「おまえ、監視カメラつけた?」
――つけたいけど、今のところはまだ。なんで?
「すげえタイミング良かったから。さっき帰ってきて、今一息ついたとこ。」
――ああ、それは偶然。ていうか、だいたいこの時間に和樹から電話かかってくること多いから。今日は一応、特別な日なので、先手を打とうかな、と思って。誕生日、おめでとう。
「ありがと。……けどさ、だったらほら、日付が変わった夜中の零時に電話すればいいのに。普通、一番乗りっていったらそうするだろ?」
―― ……思い付かなかった。
「マジで?」
――うん。深夜零時に電話したら迷惑かなって。
「いつもしてるだろ、そのぐらいの時間に。」
――それは11時とかにかけた電話が長引いた時で、最初から零時はないと思う。少なくとも俺からはないはず。
「俺からはあるよ。迷惑だった?」
――いや、全然。2時ぐらいまで起きてるし。
「じゃあ、いいじゃん。」
――単なる癖だよ。習慣。深夜の電話は親が危篤の時ぐらいっていう先入観。
「家の固定電話ならそうだけどさ。ま、とにかく俺はいいよ、夜中の12時でも1時でさ。」
零時を数分過ぎたぐらいのことで、涼矢の声が聞けないのは嫌だな、と思う。でもそれをそのまま言うのは恥ずかしくて、そんな言い方になった。それでもまだ甘えたことを言ってしまったような気がして、話題を変えた。
「あ、そうだ、今日さ、おまえと1日違いの誕生日の子がいたよ。7月の8日なんだってさ。7日が良かったぁって騒いでたよ。」
――へえ。でも7日だって別に、ねえ。祝日でもないし。
「それを言ったらバレンタインデーだって平日だよ。」
――そうだ、チョコ。たくさんもらった?
「まあまあもらった。」
――和樹のまあまあって何個だよ。200個ぐらい?
「馬鹿か。」和樹は笑う。「えっと。」塾に持って行ったかばんを探った。「3……、あ、4個かな。それと、前にもらったのが2個あるから、6個。そんなもんだよ。」
――充分でしょ。生徒から?
「1個は事務の人からの義理。」菊池が講師全員に配り歩いたのは、いつぞやのチョコバーだ。
――残りは女子中学生からの本気チョコ。
「小学生も入ってる。おまえはどうなんだよ。」
――ないない、1個もない。義理すらない。
「嘘だろ。電車の中でOLにまで声掛けられたくせに。」
――学校ないし、人に会ってない。
「ああ、そういうことね。」
――高校だって、部活やクラスの全員に配るような、そういうのしかもらったことないよ。
「へえ、意外。」
――あのな、俺がモテないのも事実だけど、おまえみたいにチョコホイホイなのが少数派なんだからな? 柳瀬だって、宮野だって、奏多だって、みんな義理以外もらってなかったからな?
「あいつらはもらえないの分かるけど、涼矢は。」
――俺が何。
「かっ。」
――か?
「……こいいのに。」
――え? 何? よく聞こえなかった。
涼矢はわざと言っているのではなく、本当に分かっていない様子だ。
和樹は若干キレ気味になって言った。「涼矢はカッコイイのにって言った。」
――それは……ありがとう。
「いや。」微妙な間があったが、再び口を開いたのも和樹だった。「そういや、俺からおまえにって選択肢もあったのか。」
――ん?
「俺はその、誕生日だし、もらう日としか思ってなかったけど、その、バレンタインデーとして考えたら、俺からおまえにチョコっていうもアリだったのかなって。」
――俺にとっても今日はおまえの誕生日って意味しかないよ。それに、この時期にチョコ買うのって男にとっちゃ結構な罰ゲームだと思うけど。
「確かに。」
――まぁ、和樹からそういう言葉が出てきただけでも喜んでるんで。
「だったらもっと嬉しそうにしろよ。」涼矢は淡々としゃべっていた。
――思考停止してるんだよ。嬉しすぎて。
「来年な。」
――来年?
「来年はちゃんとやるよ。少し時期ずらしてちゃんとチョコ買う。思考停止するほど喜んでくれるなら。あ、手作りがいいか? なんかあるんだろ、溶かして固めるだけみたいなキット。」和樹は笑い混じりにそんなことを言った。
――いや、手作りだったら安くても市販品希望。
「なんだよ、俺の手作りは嫌かよ。」
――そうじゃなくて。……いや、そうかな。あのさ、チョコって難しいんだよ。温度管理とかね、お菓子の中でも実は難易度高いの。初心者用の溶かして固めるだけの手作りトリュフキットなんて、わざわざまずくしているようなものなんで。
ともだちにシェアしよう!