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第529話 2.14 (5)
「厳しいな。」和樹はスマホを耳に当てたまま、今日もらったチョコの包みをいくつか開けてみる。明らかにその手のキットで作ったようなものもあった。「今日だって、そういうのももらったよ。でも可愛いじゃないかよ、そういう、手作りしようって気持ちが。」
――相手を喜ばせたいのなら、より美味しい物をって思わないのかなって不思議。
「じゃあおまえ、俺の作ったカレー食って、これならカレー屋のカレーのほうが良かったって思ってたわけ?」
――カレーはチョコみたいに繊細な作り方じゃないし、美味しいと思える幅が広いからな。それにあれはちゃんと美味しかった。
「気持ちの問題を言ってるんだよ。」
――俺もそうだよ。……って、こんなことで言い合いしたいわけじゃないんだけどね、特に、今日。
「俺だってそうだ。」
――分かったよ、和樹が手作りを食わせたいならそうして。来年楽しみにしてる。1年あるんだから、できればその間にお菓子作りの練習をして。
「するかよ。分かったよ、市販のチョコにしますよ。なんつったっけ、おまえの好きなチョコのブランド。」
――ジャン=ポール・エヴァン?
「それ。それ買ってやる。」
――いいよ、別に。
「なんでだよ。市販のがいいんだろ。」
――いいけど、トリュフ1個で400円とか普通にするぞ。
「マジか。トリュフってあの丸いのだろ。小さいやつ。」
――そう、その小さいやつ。だから和樹に買ってもらおうとは思わないのでご心配なく。くれるならドラッグストアの店頭で安売りしてるやつでいいよ。
「手作りよりも?」
――うん、手作りよりも。でも、手作りとか売り物とか関係なく……。
「ん?」
――会いたいなって思った。
「え。」
――会って一緒に食べるんだったら、なんでもいいよ。アルフォートだってポッキーだって最高に美味しいよ、きっと。
「あー……うん、まぁ、そりゃな。」
――そう思う?
「思うよ。」
――正直、誕生日ぐらいはね、一緒にいたかったかな。言っても仕方ないけど。
「俺だってそう思うし、おまえの誕生日にもそう思ってたよ。」前回の涼矢の誕生日は試験にかぶっていた。その後もお互いの都合が合わず、会えたのは結局8月の後半だった。
――そんなの、気にしなかったんだけど。誕生日だの記念日だの。
「俺だってそうだ。」なのに、1周年記念のサプライズまで考えた。
――そっか。
涼矢はふふっと笑う。
「とにかく、これでおまえと同じ年だ。」
――うん。19歳の抱負は?
「いろんなことを、もっと必死にやろうと思ってる。勉強でもバイトでも。おまえとのことも。」口をついて出たのは誰かの言葉だ。誰の言葉だったか。
――意外に真面目な答えだな。
涼矢が笑うのを聞きながら、さっき包装をほどいたチョコの山を見るでもなく見た。手作りキットを使用したであろう不揃いな外見のトリュフ。それに添えられていたカードには「NATSUKI」の文字。菜月のチョコか。――ああ、そうだ、今のは菜月が言ってたんだ。
「生徒がさ。小学生の子が、言ったんだよ。中学受験に失敗した子が、不合格になった、その日にわざわざ塾に来て、もっと頑張れば良かったって。これからは勉強もそれ以外のことも必死に頑張りますって。落ちた日にそんなこと言えるの、すげえなあって思った。俺が言われてるみたいだった。」
――すごいな。
「うん。ホントにすごい。」
――和樹もな。
「俺は何も。」
――いや、そういうのをさ、そうやって素直に受け止められるところがね。なかなかできないよ、小学生の言った言葉で、感動したり、反省したりっての。俺だったら、大した努力もしてないくせに何言ってんだこいつ、って思っちゃう。
「それはおまえが大した努力ってやつをしてるからだろ。俺はそうじゃないから。なんとなーくでここまで来ちゃっただけで。大学も学部もバイト先も全部なんとなく決めてさ。だから、その子の言葉が身に沁みた。」
しばらくの沈黙があった。何か妙なことを口走ってしまったかと和樹が不安に思い始めた頃に、涼矢が話し出した。
――俺も今、すっげえ後悔してるよ。
「何を?」
――何が何でも東京行きゃよかったって。和樹がバイトで忙しくても、この時間は一緒にいられたのに。そしたら、和樹も頑張ってるよって、ハグでも頭ナデナデでもしてやれたのに。
「ハグだけでは済まないだろ?」
――その時はその時で。
「……俺、そんなに頑張ってるかな。おまえよく、そう言ってくれるけど。」
――頑張ってる。少なくとも俺よりは。だって1人で生活してるだけでもさ。
「何にもできないけどね。……なあ、本当にそう思うなら、なんかご褒美くれよ。」
――誕プレは会った時にって。
「誕プレじゃなくて、ご褒美。」
――どんな?
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