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第531話 2.14 (7)

「やめ……恥ず……い。」そう言われて、実際、自分の腰が浮き気味になっていることに気付く。 ――どうして欲しい? 「涼矢の……欲しい。」 ――言って。 「チンコ、挿れて、ほし……。」自分で言った言葉に体が激しく反応した。挿れてほしい。すぐに。奥まで抉ってほしい。お腹のほうまでいっぱいになるように、突いてほしい。 ――挿れるよ? 「ん、来て。」和樹は可能な限り指を奥にまで伸ばした。全然足りない。涼矢のそれだったら、もっと、奥まで。無意識のうちに、それは声になって漏れていた。「……もっと、奥、突いて、いっぱい、もっと……。」 ――和樹の中、熱くて、気持ちいいよ。 「あっ、涼、もっと、来て、中、かきまわしてっ。」 ――やらし。  涼矢のその呟き声はやけに遠くに聞こえた。壁にもたれていたはずが、いつしかベッドに崩れ落ち、車の中でした時のように大きくМ字に開脚して、ペニスを擦り、アナルを指で押し広げながら、喘いでいた。 ――イクよ? イッていい? 「うん、俺、も。」和樹はうわ言のように「イク」を何度か繰り返し、最後は「んっ。」と呻くように喘いで、射精した。しばらくは自分の荒い息で、涼矢の声が聞こえなかった。ようやく聞こえたのは「イッた?」という言葉だ。もしかしたら何度も聞かれていたのかもしれない。「ああ。」と短く答えた。 ――……ちょっと早かった? 「や、別に、そんなことは。」 ――和樹が、すげえ煽るから。 「そう?」 ――自覚なしかよ。 「ああ、でも。」 ――ん? 「前におまえが言ってた通り。煽られるばっかりで、なんか。」 ――余計したくなる。 「うん。」 ――誕プレ、ディルドかバイブにすれば良かったかな。  和樹は笑う。「何馬鹿なこと言ってんだ。」 ――極太のやつ。 「だったら、おまえのを型取りしたやつのほうがいいよ。特注で。」 ――そんなこと言ったら、俺、本当に作るぞ。 「あ、嘘、やめて。……本物がいい。」 ――言うなよ、そっち行かなかったの、マジで後悔してんだから。 「じゃ、明日来て。全裸待機してる。」 ――無理。明日からいろいろ……特別講座とか、勉強会とか。 「まぁ、俺もだけどね。春期講習の準備。」 ――ああ、もう。  涼矢がイラついた声を出す。 「出したばっかりで、もう欲求不満か。」 ――そうだよ。おまえもじゃないの。 「そうだけど。だって指じゃ奥まで届かないし。」 ――またそういうこと言う。もう煽るなって。 「全然足りない。」 ――なるべく早く、そっち、行くようにするから。 「うん。」 ――俺だって本物がいい。 「うん。」 ――次の誕生日は、一緒にいられたらいいな? 「ああ。……んじゃ、そろそろ。」 ――うん。あ、あと。 「はい?」 ――えっと、生まれてきてくれて、ありがとう。 「……え。」 ――ベタな言葉だけど。本当に、そう思ってる。なかなか言えないけど。俺は、おまえがいてくれて、出会えて、こういう風になれて、ホントに、それだけで、すげえ幸せだと思ってる、から。 「テレホンセックスしてから言うか?」 ――やる前に言ったら萎えるだろ、こんなこと。 「そりゃそうか。まあ、うん。ありがと。俺もそう思ってるよ。おまえがいてくれて、良かったって。」  2人ともなんとなく照れくさくなり、ぶっきらぼうにお休みを言い合い、電話を切った。  生まれてきてくれて、ありがとう。そんな言葉、親からだって言われたことがない。でも、涼矢のその言葉は素直に受け止められた。その言葉を反芻しているうちに、走馬灯のようにいろいろな光景が脳裏をよぎった。好きな人が自分を好きでいてくれるなんて奇跡だと言った宏樹。夏鈴の腕に抱かれた小さな赤ちゃん。失恋を知って泣き出したエミリ。俺たちは俺たちらしく生きる権利があると言った佐江子。コンドームを使ってくれと懇願するミヤちゃん。ガランとした部屋が淋しいと言った恵。別れ際に哲をサトシと本名で呼んだ倉田。ジタバタしたほうがいいと言って煙草をくゆらす久家。山から見えた海。雑居ビルの屋上からの夕焼け空。嵐の中ずぶ濡れで現れた涼矢。好きだよ、と微笑む涼矢。愛してると言って抱きしめる涼矢。俺の中で果てる瞬間の、恍惚としながらも、少し苦しそうな涼矢。  あの眼差しを一身に受けたい。涼矢の唇を、指先を、独占したい。自分の総てを涼矢に委ねるから。自分が生まれてきたことに意味があるなら、そのためだと思う。細胞のひとつひとつに至るまで愛しているのだと、涼矢が言ってくれたから。  和樹は自分の手の平に口づけた。その温もりは、少しだけ涼矢の唇の熱さに似ている気がした。  その頃、涼矢はスケジュール帳を見ていた。飛び石に用事がある。歯医者の定期健診や美容院の予約、そんなものはどうにでもなる用事だが、その合間合間に司法試験の勉強会や、ふと思い立って申し込んだ英会話スクールの体験レッスンなどの予定が入っている。それだって何が何でも出席しなければならないものではないが、塾講師のバイトで忙しい和樹を思うと、「そんなこと」すらやらないのは気が引けた。俺には俺のやるべきがことがあるのだと自分に言い聞かせたかった。

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