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第534話 近くて、遠い。 (3)

「商売ですから」という言葉を聞いた和樹は、「森川と早坂には共通するところがある」という久家の言葉を思い出していた。以前、早坂に菜月の無謀な受験を何故止めないのかと尋ねた時に、今の森川と同じく「商売なので」と言っていたのだ。そしてこう続けもした。「商売だからこそ、お支払いただいた分の価値は提供します」と。合格する以上の成果も与えるのだと。実際その後の菜月は、不合格にしょんぼりしているどころかやる気に漲っていた。  また、理屈っぽいところも似ているし、大胆さも似ていると思った。大手企業を突然辞めて塾を起業してしまう大胆さと、大学院まで出てパン屋になる決断、あるいはそれをまた辞めて塾講師になる決断をする大胆さ。 「森川先生ってここの卒業生なんですよね?」和樹は森川に一番聞いてみたかったことを尋ねた。 「はい。中2の時にここができて、夏期講習から入ったんだったかな。そのまま高校受験までお世話になりました。」 「どんな感じでした? 教室長や、久家先生や、小嶋先生。今と違います?」 「うーん。」それまでしゃべりながらも作業の手を休めなかった森川が、手を止めた。考え事をする時の癖なのか、手にした赤ペンを顎に何度もトントンと当てる。「まず、教室長は変わってませんね。あのままです。ニコニコはしてないけど、怒ることもめったにない。」 「めったにないってことは、たまにはあったんですか?」 「なんでだったかなぁ、一度だけ、激昂していらしたのを見たことありますよ。」 「教室長が?」厳しい人とは思うが、感情的になるところは見たことがない。 「ああ、そうだ、思い出しました。その年、日系ブラジル人の子が入ってきたんです。日本に来たばかりで、簡単な日本語も分からない子でした。学校にも行かずにゲームセンターでふらふらしていたのを教室長が連れてきて。」 「はあ。」予想外の話の展開に和樹はポカンとした。 「僕の隣に座らせたんです。座らせただけで、何をしろとも言われなくて、普通に授業を始めるんですよ、早坂先生。でも、隣が気になるじゃないですか。最初は日本語で話しかけてみたけど通じない。次に知ってる限りの英語で話しかけたんだけどやっぱり通じない。それで、身振り手振りで今テキストのここをやってるんだよ、みたいなことを教えてあげて。いつもは私語厳禁なんだけど、その時は何も言われなくて。その次が久家先生の授業で、同じようにしていたら、授業中しゃべるな、人に構っていないで、まず自分のやるべきことをしろって叱られたんです。その時ですよ、早坂先生がいきなりバンッと教室のドア開けて、久家先生に怒鳴ったんです。あなたはそれでも教育者かと。」 「え、そうなんですか?」 「はい。後から知ったんですけど、その子、年は僕よりひとつ上で、向こうで中学まで終えてから日本に来たんですが、それが仇になってしまったと言いますか、母国で義務教育を修了しているものですから、日本の公立中学には入れなかったんですね。義務教育だったら学校は受け入れを拒否できないし、日本語習得のための補習も行政側である程度フォローしてもらえたはずなんだけども。かといって、高校にも入れないでしょう? 日本語まったくできないから。でも、インターナショナルスクールや個別対応してもらえそうな私立は学費が高くて入れられない。しばらくは地域のボランティアを頼って日本語の勉強をしていたみたいなんですが、そこだと学科の日本語……たとえば因数分解とか脊椎動物といった授業に出てくるタームは教えてもらえない。それでもまだ数学や理科は数式や図を見れば理解できることも多いし、どこでもいいと割り切ってしまえば入れる高校はあったかもしれない。けれど、問題は日本史やホームルーム、友達との会話です。『これはいくらですか?』よりも、『日直は学級日誌を職員室に持っていく』とかね、そういう言葉を理解できないと学校生活は送れないじゃないですか。同時に若者言葉が分からなければ同世代の子のコミュニティにも入れない。そういったことも含め、誰も彼をフォローできていなかった。それで孤立して、居場所がなかったんでしょうねえ、終日ゲームセンターで過ごしていた。そういう子でした。」 「それで、塾で面倒見た……んですか? あと、その子の親は何してたんですか?」 「親御さんは半年ほど先に日本に来ていたけど、やっぱり言葉はできなくて、会話しなくていいような工場で働いていたみたいです。早坂先生は役所とか日本語学校とか、そういう子の就学支援をしているNPO団体を回って、彼の授業料分、補助金や寄付金集めてきて、あと日本語の先生もどこかから連れてきて、授業の前後に日本語の補習もしてあげて、最終的には1年遅れですけど単位制の高校に合格させましたよ。その彼とは僕、仲良くなって、今でも交流あるんです。彼、すごいんですよ、高校は4年かけて卒業しましたけど、大学にも進学して、家庭も持って、今は会社経営者です。結婚式の仲人は早坂教室長でした。」 「なんだか、この塾の一期生って、波乱万丈な感じですね。」

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