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第535話 近くて、遠い。 (4)

「あはは」と森川は笑った。早坂と似ているところが多いが、早坂よりはよく笑う。「でも、今話していて思ったけど、やっぱり、早坂先生、昔と全然変わってないってことはないですね。僕が言うのもなんだけど、そういう子を連れてきちゃったり、久家先生に怒ったり、若いですよね。情熱的というか、衝動的というか。」 「そう……ですね。」 「小嶋先生は、随分柔らかくなりました。体育会系で、体もがっしりしてて、声も大きくて、ちょっと怖かったです、生徒だった頃は。でも、ご病気されてから……あ、それは知ってます?」 「はい。」 「僕がここに来てすぐ、体調を崩されて、長く入院して、復帰なさった時には一回りも二回りも小さくなってて心配したんですけど、最近はお元気そうだから良かったです。都倉先生効果かな。」 「え、俺?」 「ええ。小嶋先生って、さっきも言ったみたいに体育会系だから、都倉先生みたいに元気ハツラツな子は好きなんですよ。」 「元気ハツラツな子……。」 「あ、ごめん、今のは失礼だね。若いからつい。」 「森川先生だって若いじゃないですか。」 「30過ぎたらオジサンですよ。バレンタインチョコの数だって全然違ったじゃないですか。まあ、年齢の問題だけじゃないのは分かってますけど。」森川はまた笑った。「だってね、久家先生いくつもらったか知ってる?」森川の口調はどんどん砕けていく。考えてみると、森川とこんな風に2人で長く話す機会が今までなかった。  同じ教科で曜日ごとに担当が変わる場合、和樹は今までベテランと組まされることが多かった。和樹がその日の到達目標までカリキュラムをこなせなかったような時には、久家なり小嶋なりが次の授業でフォローしてくれていたわけだ。中堅の森川とペアになるのは今回が初めてだが、ということは、それだけ和樹が「任せてもいい人材」として認めてもらいつつあることを示していた。 「知らないです。」 「15個ですよ、15個!」森川は赤ペンを振り回した。「卒業生がわざわざ届けに来るんですから、すごいですよねえ。」 「モテるんですね。」意外と、とは口にしないように気をつけたが、納得できない感情は声音に反映されてしまった。 「意外だろうけど、若い時より、今の、あんな感じになってからのほうが人気なんですよね。可愛いとか言われて。」  あんな感じ……の意味するところが即座に理解できて、つい笑ってしまう。 「なんで結婚なさらないのかなぁ。」森川はまた赤ペンを顎にトントンする。 「あ……えっと、あれじゃないですか、仕事が忙しくて。」 「でも、早坂先生は結婚してらっしゃるでしょ。久家先生と小嶋先生は謎ですよね。早く結婚していただかないと僕も自分が不安ですよ。やっぱり塾講師じゃ無理なのかなって。」  やはり森川は知らないのだ。和樹は確信した。――久家と、小嶋の関係。 「教室長はお見合いだっておっしゃってました。」 「ああ、そうなんだ。初耳。」森川は目を丸くした。「よく知ってるね。早坂先生、自分のプライベートはほとんど教えて下さらないのに。」 「なんとなく、話の流れで……何の話してた時かは、忘れちゃいましたけど。」和樹は適当に誤魔化した。 「それにしてもお見合いか。盲点だったなあ。僕も結婚相談所にでも登録しようかな。都倉先生だったら、いくらでも引く手あまただから、そんなところ考えもしないでしょ?」 「や、別に、引く手あまたとか、そんな。」 「またまた。ていうか、いるよね、彼女。当然。」 「まあ、はい、それは。」 「いいねえ。」 そんな会話をしていたら、上の階で補習をやっていた久家たちが降りてきた。その背後から生徒達も着いてくる。彼らを見送った後、森川が久家に言った。「久家先生、チョコ、確か15個でしたよね。」 「はい?」 「バレンタインの時。久家先生、こう見えてモテるんですよって都倉先生にお話ししていたんです。」 「何馬鹿なことを。」久家は照れ笑いをした。「こう見えて」などと失礼な言い方をされたことには言及しなかった。 「15個はすごいなぁ。」と和樹も言った。 「最終的には17個です。遅れて塾宛てに宅配便で届いたのもあって。」 「その割には全然お裾分けなかったですね。」森川がわざと不満気に言った。 「だって、ひとつひとつそれぞれの想いが込められているわけですから。手作りまでしてくれたり。」 「手作り、嬉しいですか?」和樹は思わず聞き返した。 「嬉しいですよ。……都倉先生はそうじゃないんですか?」 「あ。えっと、俺じゃなくて。」  久家はにっこりと微笑んだ。「ああ、お相手が? 作ってくれなかった?」 「……はい。料理は好きだし上手なんだけど、お菓子は作らなくて。中でもチョコは難しいから市販の物のほうがよっぽど美味しいなんて言って。でも、そういうのって、気持ちだと思うんですよね、俺は。」

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