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第548話 白い壁と青い窓 (11)
「そうだけど。」和樹は宏樹から視線を外して、ぼんやりと天井を見た。「同じだけど、違うだろ。同じ19歳でも、男女のカップルとは……違うだろう?」
「……。」宏樹は黙り込む。
「そういうこともきちんとする。今は2人とも学生だし無理だけど、10年も20年も先って話じゃなくて。」
宏樹は何か言いかけては黙る。再び話し始めたのは和樹のほうだった。
「これも男女とは違うのかもしんない。あいつが女だったら、俺、そんなこと考えなかった。まだ19で、結婚とか家庭を持つなんてこと、いつかはするんだろうなって他人事みたいに思ってるだけで。」
宏樹は和樹の顔は見ないで、気まずそうに言った。「俺のその、ヤケ酒の時に別れた彼女な、21の学生だったけど、きっちり考えてたぞ。」
「え、結婚話が出てたの? それ断ったせいで別れたってこと?」
「違う、俺が振られた。とにかくその頃の俺は忙しくて。ラグビー部の顧問やってるから土日も部活でつぶれるし、全然相手してやれなかったんだ。そんなんじゃ、結婚したら家庭より生徒を大事にするんじゃないかって不安になったみたいだった。」
「その人は結婚したかったんだね。」
「うーん。正直、よく分からん。会えば楽しくやってたと思うし、大きな喧嘩をしたわけでもなかった。彼女は4年生で、就職活動して、結構な大企業に内定決めてな。……就活してる間にいろいろ想像して不安になっちゃったんだろうな。自分のほうが大手企業に決まって、俺がしがない高校教師で、そのうち彼女のほうが高収入になるかもしれないし、かといって俺が家事育児を全面的にやれるような状況じゃない。妻の稼ぎのほうが多いとうまく行かないんじゃないかとか……あと学校って一般企業の常識とはズレてるところもあって、彼女の愚痴をうまく聞いてやれなかったような気もする。これは後から思ったことだけどな。」
「女のほうが現実的だっていうもんな。」
「俺もこのまま行けば結婚するかもしれないなあって思ったことはあるし、それを嫌だとは思わなかったよ。けど、そんな風にどっちの収入が多いだの家事分担がどうなるかだのは考えもしなかった。で、それを責められたら、もう無理だと思った。俺は今、仕事で手一杯だから。」
「責められるって……だってそういうのは、これから2人で考えるもんだったんじゃないの。」
宏樹は和樹を見て、眉を八の字に下げて淋しそうに笑った。「俺もそう思ってた。でも、今から考えるって言っても、もう遅いんだってさ。言われる前に考えてほしかったんだと。」
宏樹の最後のセリフで元カノたちの別れ際の言葉や態度が蘇る。指摘されてからでは遅いのだと。指摘するのはもう最後通告なのだと。言われなくても彼女たちの願望や理想や欲求を推し測り行動する男じゃないとダメなのだと。それを思い出したら、つい笑ってしまった。宏樹はムッとするより、何故このタイミングで笑われるのかが分からないといった様子で八の字だった眉を上げた。
「俺も似たようなことで振られたことある。さすがに結婚話じゃなかったけどさ、彼女の中のプラン通りに俺が動かないと不満で、どうしたらいいのか教えてくれれば努力するって言えば、言われる前に動いてほしかったんだって言われて、そんなの超能力者じゃあるまいしできるかよって思った。」
それを聞いて宏樹はふふっと笑った。「おまえもそんなんで振られるんだな。」
「そんなんばっかりだよ。」
「女心のエキスパートだと思ってた。」
「そんなわけねえだろ。」和樹はふうとため息をつき、額に自分の腕を載せた。「男心も分かんないけどさ。分かんないし、あいつも何も言わないで不満溜め込むほうだけど……でも、俺が答え出すのを、待っててくれるから。」
「そっか。」
「だから、俺も考えたよ。結婚のことだって。養子縁組すればいいのか、同性カップルが住みやすいところで暮らすのか、どういう方法がベストかはまだ分からないし、具体的な行動も今はできないけど、そういうことはね。特にこの入院のことで、すげえ考えた。……だから、今はちょっと分かるんだ。そうやって、考え無しの男を責める女の子たちの気持ちもね。だってこれで涼矢に『そんなのなるようになれでいいじゃん』なんて言われたら、ムカつくもん。」和樹はそう言って微笑む。
「でも、言わないだろ、彼は。」
「言わないよ。」
「……彼、さ。彼も、俺とお母さんの前で言ってたよ。養子縁組や同棲のことも2人でちゃんと考えてるって。俺がね、おまえが東京に行っちゃって、これからどうするつもりなのかな、なんてことを言ったもんだから。」
「それもアリスさんの店で?」
「ああ。」
「死にそうな声で電話して来たもんな、あの時。」和樹は笑った。「あのお母さんと兄貴の前でそんな話になってたんなら、そりゃそんな声にもなるよな。」
「電話なんかしてたのか。」
「そう、店のトイレからだって言ってた。俺にすぐに来いなんて言っちゃってさ。珍しいんだよ、あいつがそんな、弱音吐くの。」
「そうか。」宏樹は優しい目でベッドの上の和樹を見下ろす。
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