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第550話 白い壁と青い窓 (13)

「やだろ。おまえにもらった変なもんとか見られたらどうすんだよ。」 ――逆にプラグは何が何だか分かんなくてバレなさそうだけど。 「これなぁに?なんて無邪気に聞かれたら……。」 ――うわあ。 「だから頑張って退院します。」 ――頑張るのは良いけど、ちゃんと治せよ。 「ああ。」 ――なんも役に立てなくて、ごめんな。 「いや、今、一番役に立ってる。」 ――なんで。 「元気でた。」 ――マジで。  心なしか嬉しそうな声色だ。 「うん。あとさ、兄貴に、言ってくれたんだってな。その……俺たちがちゃんと将来のこと考えてるって。」 ――え、なんのこと? 「佐江子さんと、兄貴と。ほら、店のトイレから電話かけてきて。夏、うちからそっちに帰った日に。」  一瞬の間を置いて、涼矢は、ああ、と合点が行ったという声を出した。 ――あの時は……。うん、まあ、言ったけど。宏樹さんが、おまえのこと……兄として心配してたからだろうけど、頼りないみたいな言い方するから、ちょっと、言い返したくて。 「俺も言ったんだよ、昨日。そしたら、涼矢も同じこと言ってたって聞いてさ。」 ――なんか言われてたらごめん。 「ごめんじゃないよ。嬉しかった。」 ――でも、あれは言ってない。 「あれ?」 ――おはようとか、ただいまとか、そういうの言い合える暮らしを目指すんだってこと。 「ああ、あれ。」 ――俺は、おまえにそう言われた時、法律上のことより、それのほうが大事だと思ったから。 「そっか。……俺は逆だな。今回の入院で、なんだか……やっぱ法律上のことも無視できねえよなって。だから。」 ――うん。 「うん。」  何が、うん、なのかよく分からないままに、2人で肯定しあった。 ――ところでさ、和樹、電話のほうが素直だよね。 「へ?」 ――声聞きたいとか、嬉しかったとか。顔合わせてる時は、そういうの、あんまり言ってくれない。 「そんなことないだろ。」 ――そんなことあるよ。 「顔合わせてる時は、だって、顔合わせてるから。」 ――理由になってない。  涼矢が笑う。 「だから、わざわざ言わなくても、表情とかで分かるから。……それでも、おまえは言葉で言って欲しいんだろうけどさ。」 ――うん。言って欲しい派。 「知ってる。努力する。」 ――俺も、頑張ります。 「何を頑張るんだか知らないけど、ま、退院日決まったら、教えるから。」 ――うん。 「じゃあ。」 ――お大事に。 「はいはい。」  電話を切る。それを待っていたかのようなタイミングで、点滴棒を支えにした入院患者が休憩室に入ってきたから、和樹は狼狽えた。瞬時に今の会話を聞かれてはいなかったか、何か妙なことを口走っていなかったかと考える。考えて、ハッとした。――「妙なこと」って何だ? 答えは分かりたくないけれど、分かっている。自分に同性の恋人がいると分かるような言葉、だ。抱き合う自分と涼矢を見て反射的に「気持ち悪いと思ってしまった」宏樹を裏切者のように感じていた自分。その宏樹と、今の自分と、何が違うと言うのか。  点滴棒の男性は痩せこけた老人だった。ゆっくりと歩き、ゆっくりと本棚までたどりつき、ゆっくりと腰を屈めると、くっつきそうなほど背表紙に顔を寄せ、本を物色し始めた。その緩慢な動きから察するに、休憩室に入ってきたタイミングは単なる偶然なのだろうと察せられた。  和樹は立ち上がり、点滴棒はないものの、老人と同じくゆっくりと病室に戻った。  朝食からは普通食だと聞いていたが、白飯は柔らかく、ほぼ素材の味のみと言っていいぐらいの煮物、同じく味も素っ気もない蒸した白身の魚、上澄みだけのような味噌汁というラインナップだった。  各ベッドを仕切っているカーテンは、今は全開で、和樹を入れて3人の男たちが食事をしている。和樹は見るでもなく隣のトレイに目をやると、大差ない内容だった。だが、隣の患者、つまり昨日饅頭をくれた女性の夫であろう男性は、白飯に何やらのせている。 「塩昆布だけど、使うかい。」和樹の視線に気づいたのか、男性が言った。 「えっ、いや、いいです。大丈夫です。」 「食いづらいよなあ、これ。味がなくて。」 「ええ、まあ。」 「ほら。」男性は身を乗り出して和樹の方に塩昆布の袋を差し出した。和樹のほうは完全にベッドから降りて、それを受け取り、申し訳程度に白飯にのせると、再び返した。  仕方なくもらった塩昆布だが、味気ない食事に一気にメリハリがつく。「うま。」とつい口に出た。 「本当は俺、塩分もダメなんだけど、こんなの食って長生きするぐらいなら、食いたいもん食って死にたいよ。」男性はそう言って笑った。向かいのもうひとつのベッドにいた男も笑う。こちらは年の頃なら40歳前後だろうか。隣の男よりは若いが、和樹よりはずっと年上だ。 「あ、そう言えば昨日、お饅頭ありがとうございました。」 「いやいや、食えないもんあげて、悪かったな。手術したばかりだとは思わなかったもんだから。」

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