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第559話 Spring has come (2)
――いつがいい?
涼矢が言った。
「何が?」
――俺が行くの。
「うーん。4月は新年度でバタバタだからなぁ。5月?」
――連休のあたり?
「ゴールデンウイーク、講義あるよ、普通に。」
――うちも。
「確実なのは夏休み、だよなあ。」
――今年は帰省するの?
「いや、しないと思う。つうか、実家帰っても、さ。おまえには会えるけど。」
――2人きりにはなりにくい。
「うん。」
――だよな。
「正月の時に、つくづく思った。」
――俺も。……それに、気楽。東京には、知り合い、いなくて。
「そうだな。あ、でも、あいつの実家、東京だろ。」
――哲?
「そう。最近、会ってる?」
――会ってない。試験の時が最後。それに。
涼矢は言い淀む。哲の話で涼矢がそんな風に黙り込むと、和樹は嫌な推測ばかりしてしまう。
「それに、なんだよ。」
つい語気も荒くなる。
――アリスさんとこ、やめたみたいで。バイトも、しょっちゅう泊まり込むのも。
「また何かトラブルでも?」
――違う。あいつから聞いたわけじゃないんだけど、アリスさんによれば、留学するつもりらしい。
「えっ。」
――外国人が使う、ゲストハウスって言うのかな。そういう、安宿みたいなのが大学の近くにできたから、そこで住み込みで働くとかで。そこからなら大学近いし、語学の勉強にもなるしって。
「どこに? いつから?」
――知らないけど、あいつが選びそうな留学コースがあってさ、それは9月から1年間。それだと選抜基準が厳しいけど、自己負担額が少ない。
「倉田さんは知ってるのかな。」
――だから、知らないってば。
涼矢は少し苛立ち始めている。
――留学するのかどうかも、いつどこに行くのかも直接聞いたわけじゃない。倉田さんのことなんてもっと知らない。
「……ごめん。」
―― ……いや、こっちこそ。
「前会った時には冗談みたいに留学もいいなとは言ってたけどさ、本気かどうか怪しいよな。あいつのことだからまた、バイト先で問題起こして辞めたくなって、その口実だったりして。」
――俺とアリスさんが繋がってるのを知ってる以上、それはないんじゃないかな。あいつがそんなすぐバレる嘘をつくとは思えないし、どっちかって言うとアリスさんに言えば俺に伝わるって分かってて、あえてアリスさんに話した気がする。
「なんでそんな回りくどいことするんだろ。普通におまえに言えばいいじゃんな。いつも図々しいこと言ってるんだから、そんな時こそ。」
――正月の時の、和樹に嫌味を言ったりとか。あれ、あいつも一応、気にはしてたみたいだから、言いづらかったんじゃないの。
試験最終日の会話。和樹への謝罪だけでなく、まだ涼矢に恋愛感情があるということ。それについては和樹には断じて言わないつもりの涼矢だった。
「へえ。あいつも気にはしたんだ。」
――一応、な。
「涼矢も勧めてたよな。留学したらいいって。だったら、それが叶って良かったじゃん。」
――そうだな。俺たちも、余計なトラブルに巻き込まれないで済む。
「そんなこと言っちゃって、いなくなったら、ホントは少し淋しいんじゃないの。」
――そりゃね。でも、いなくなって淋しいのと、そばにいてほしいのとは違うよね。俺はあいつが、俺たちから遠く離れたところにいて、でも、元気にやってるってぐらいが、一番いい。たまに、人伝いに、あいつナントカ賞を獲ったらしいよ、とか、そんな噂聞いてさ、そしたら心から応援もしてやるよ。けど、目の前にいるのはムカつく。
「ノーベル賞とったら?」
――ノーベル賞だったら、俺は学生時代から長い付き合いをしている大親友ですって名乗りを上げるよ。
和樹は吹き出した。「ひっでえ友達。」
――巨額の詐欺かなんかで捕まったら、昔から、あいつはいつかやらかすだろうと思ってたって言うけど。
「もっとひどい。」
――とにかく、あいつのことはもう、気にするな。あいつが留学しようがなんだろうが、俺は。
「うん、分かってるよ。」
――何を分かってる?
「だから……おまえが、俺を好きだってこと。一番大事にしてくれてるってこと。」
――よろしい。
「……本当はさ、1周年の記念イベントもしたかったけど、入院なんかしちゃって、ごめん。」
――1周年?
「俺らさ、卒業式の日につきあいだしただろ、だから……。」
――ああ、その1周年。
「気が付いてなかった?」涼矢は返事をしない。返事をしないことが返事だろう。そう思って、和樹はもう一度「気づいてたんだろ?」と繰り返した。
――まあ、ね。
「何、照れてんの。」
――照れてるっつか。こういうの、初めてだし。どうしたもんかなって。当日何か言おうかと思ったけど、おまえが入院してるのに浮かれるのも変かな、とか。
「何か言おうとしてたって、たとえばどんなこと?」
――だから、ないよ。思いつかなかった。
「俺だったらまず、ありがとう、かな。」
――ありがとう?
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