561 / 1020
第561話 まだあげ初めし (1)
4月になった。和樹は久しぶりに大学に足を踏み入れる。新入生の時のような戸惑いはない。サークル活動に至っては、逆に新入生を勧誘する広告塔として何かと前へ引っ張り出される。
「新入生っぽい女子に彼女いるんですかって聞かれたら、ちゃんといるって言えよ。」渡辺がそんなことを言う。「変な期待させたらかわいそうだからな。」
「いやいや、客引きなんだから、いないって言ってもらわないと。それか、僕はみんなの恋人だよ!とか、そういう風に言わないと。」鈴木はそんなことを言って笑った。
「もう、ふざけてないで、ちゃんと勧誘して。」彩乃が鈴木の袖を引っ張った。そう言えば2人はつきあっているんだっけ。和樹はぼんやりとそのことを思い出す。こんな風に親しげにしているということは、順調なのだろう。自分と涼矢だって順調だ。けれど、彩乃たちのように近くにいることもできないし、友達の前でじゃれあうこともできない。もうとっくに割り切ったつもりのことなのに少し苦しくなる。
「俺、裏門のほう行ってみるわ。」彩乃たちと離れるために和樹はそう言い、渡辺が「じゃあ俺も。」と着いてきた。
歩きだして間もなく、「トックン。」という声が背後からした。そんな呼び方をするのは1人しかいない。
「ミヤちゃん。久しぶり。」
「久しぶり。」
「……サークル、辞めちゃったんだって?」それは今朝聞いたばかりの情報だった。セクシャルマイノリティの学生のためのサークルが今年度から正式に認可され、発起人の宮脇はそちらの活動に専念するため、和樹の所属する学祭サークルのほうは辞めたという。
「うん。こっちの代表になったからね。さすがに二股はできない。」宮脇は自分のサークルのチラシを和樹に渡した。虹色のカラフルなチラシだ。「トックンには本当にお世話になっちゃって。ありがとう。」
「いや、俺は何にも。」和樹はチラシをサッと眺める。メンバー随時募集。イベント時のみのお手伝いも歓迎。そんな言葉があった。「ねえ、ミヤちゃん、これって俺にできることある?」
「え?」
「この、お手伝いだけっての。学祭は今のサークルメインで動くから無理だけど、それ以外の時だったら、手伝うよ。」
「わっ、嬉しいなぁ。それなら、このモデルに入ってもらえば良かったなぁ。ド真ん中に。」宮脇はチラシを指差した。その先には、宮脇をはじめとした若者たちが手をつないで笑っている写真があった。
「いやぁ、それはちょっと。」
「あ、そうそう、この子ね、僕の隣の。これが僕の彼女。」和樹は写真を改めて見る。ショートカットの女の子がいる。フリルの服を着ている宮脇と並ぶと、男女反対に見えなくもない。
「他大の人だよね?」
「うん、そうなんだけどね。うちの学生だけじゃ初期メンバーが少ないから、応援頼んだの。そうだ、サッキーとトックンも入ったらもっと……。」
「サッキーって、都倉の友達だろ? 去年バーベキューに来てた。」いつの間にか渡辺が背後から覗きこんでいた。
「よく覚えてんな、そんなこと。」ろくなことを覚えてないんだからと思いながら、和樹は言う。
「覚えてるよ、女の子たちが田崎くん料理上手ですごーいって言いまくってたから。彼のせいで俺の存在感はますます薄くなったんだ。」
「おまえの存在感の薄さはあいつのせいじゃないだろ。」
「へいへい。どうせね。」渡辺は快活に笑った。それから宮脇を見た。「そういや、ミヤちゃんと田崎くん、バーベキューの時ずっと一緒にいたもんな。あれで仲良くなったの?」
宮脇は和樹をチラリと見る。
「2人とも料理好きで、気があったみたい、だよね。」答えたのは和樹だ。その言葉で、宮脇は正しく察してくれたようだ。
「うん、そう。楽しかったなぁ、あのバーベキュー。今年もやるなら呼んでよ。」
「ミヤちゃん、うちのサークルメンバーじゃなくなっちゃったんだろ。だめだね。」渡辺が冗談めかして言う。
「名誉部員ってことでいいじゃないの。」
「不名誉部員だよ、学祭のミスターコンテスト時だって、あんな、騒ぎ起こして。」
渡辺はこれも冗談のつもりで口にしているのだろうが、和樹と宮脇の間には緊張が走った。
「あっ、やっぱり、あの時の人ですよね?」突然割り込んできたのは、宮脇と一緒にいた見慣れない女子学生だった。「宮脇先輩と一緒に出てた人。」
「ああ、うん。あの……。」和樹は一生懸命記憶をたどるが、やはり会った覚えはない。
「この子は新入生の琴音 ちゃん。うちのサークルに興味持ってくれたんだって。それがね、トックンの、ミスターコンテストがきっかけなんだって。」
「はい。私、高3で、進路考えてた時で、いろんな大学の学祭に行ったんですけど、その中でも宮脇先輩のスピーチにすごく感動して、この大学に入りたいって思ったんです。」
「へえ。」和樹は宮脇と琴音を見比べる。
「あの、トックン先輩さんは、このサークルじゃないんですか?」
「トックン先輩さん、って。」和樹は思わず笑ってしまう。「都倉です。俺は学祭実行委員会だよ。学園祭を企画運営するサークル。」
「そうなんですか。」心なしか落胆の表情の琴音だ。
ともだちにシェアしよう!