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第562話 まだあげ初めし (2)
「あらっ、琴音ちゃん、もしかしてトックン目当てだった?」
「いえっ、そんなっ、そんなことはないです。けど。」
「けど?」宮脇はジロリと琴音を見る。
「……私、あの時、都倉先輩すっごいカッコイイと思って投票しました、ごめんなさいっ。」琴音は真っ赤になり、早口でそう言った。
「いや、ごめんなさいじゃないでしょ。ありがとね。」和樹は言う。
「でも、宮脇先輩のスピーチに感動したのも、本当ですからっ。」
「もう遅いよぅ。」宮脇も笑った。「入部届出してもらったから、手遅れだからね。琴音ちゃんは、う・ち・の・サークルに入るの。」
「はい、それはもちろん。」琴音は必死な顔で宮脇に訴える。
「ミヤちゃん、貴重な新入部員なんだろ。いじめちゃだめだよ。」和樹はそう言ってまた笑った。
「人聞き悪い。いじめたりしませんよ。」
「じゃ、俺たちも勧誘しなきゃいけないから、またね。」
「うん。頑張ってね。」
「お互いにね。」和樹は宮脇たちと別れ、裏門に向かう。
渡辺と共に裏門近くまで行き、新入生らしきターゲットを見つけては、声をかけ、チラシを渡す。少しでも興味を示した子はクラスと名前を聞き出し、部室の在りかなどを教えた。
「さっきの子、結構可愛かったな。」そんな作業に間が空いたところで渡辺が言った。
「さっき勧誘した子?」
「違うよ、ミヤちゃんが連れてた子。」
「ああ、琴音ちゃんとかいう。」
「あれ、絶対都倉目当てだろ。おまえが一押ししたら入ってくれそう。兼部でもいいからさ。」
「ミヤちゃんに悪い。」
「そういやミヤちゃんって彼女いたんだな。知ってた?」
「スピーチ頼む時に聞いた。他大の人だって。」
「ミヤちゃんってゲイかと思ってた。スピーチの時、昔の彼氏の話してたから。」
「ミヤちゃんの場合は、バイ、かな。」そのカテゴライズに意味があるのか分からないけれど。それなら自分はゲイだと名乗るべきなのかと和樹は思う。
「なんか、いいなあ。」と渡辺が言った。和樹がその意味を量りかねていると、渡辺は続けた。「男も女もオッケーなら、好きになれる相手も、つきあえるチャンスも倍ってことだもんな。」以前は彩乃でも舞子でもいいからつきあいたい、などと言い、「女好き」であることは間違いなさそうな渡辺だ。ゲイやバイといった人たちに対してはもっと偏見があり、宮脇のことも心のどこかでは見下しているのではないかと思っていたので、意外な気がした。
「恋愛対象が増えるからバイが羨ましい?」和樹は渡辺に確認するように尋ねる。
「そう。」
「けど、たとえばさ、俺もそうだよっつって、渡辺のこと好きだからつきあおうって言ったらおまえ、どうする?」
「へっ?」渡辺は飛び上がるようにして一歩後ずさった。「何言ってんの。」
「たとえばの話。おまえが誰かを好きになるだけじゃなくて、おまえが誰かの恋愛対象になる場合もあるわけだろ? それが男だったらどうするのって。」
「……えっと。」渡辺は急に真剣な顔をした。「都倉さ、前にも、なんか言ってたよな。冗談めかして俺のこと好きか?とか。まさかとは思うけど、もしかして、本当に、俺をそういう感じで好きとか……。」
和樹はぽかんとした。「そんなこと言ったか?」
「ほら、彼女と大ゲンカしたとかなんとか言って、遅刻してきたから俺のノートのコピー取ってやった時にさ。」
和樹は思い出すが、何やら盛大を誤解を与えてしまったらしいことに気付いて「ああ、ごめん、それはない。」と慌てて否定した。
「違うのか。」ホッとした様子の渡辺だが、どこか残念そうな表情にも見える。「違うならいいけどさ、もしそうなら、悪いことしたなって思って。」
「悪いこと?」
「舞子ちゃんや彩乃ちゃんのこと、よく話題に出したり。」
「ああ。」和樹は笑う。「向こうには相手にされてないけどな。」
「うっせえよ。」渡辺も笑った。でもすぐにまた真面目な顔になる。「でも、俺が彼女たちに相手にされてないのと、もしおまえが俺のこと好きだとしても、俺はおまえをそういう相手として見てないってのとは、違うじゃん。」
「だから、そうじゃないって。俺、つきあってる奴いるの、知ってるだろ。」
「いや、分かってるけどさ。でも、都倉、ミヤちゃんと仲良いし、さっきもあっちのサークル手伝うとか言ってたし、なんか、もしかしておまえもそういう人なのかなって。」
「そういう人って、バイとかゲイとかってこと?」
「そう。あ、でも、それでも俺、全然いいっていうか、気持ち悪いとか友達やめるとか思わないから。」
「ホントに?」和樹は冗談めかして言いながら、渡辺を見る。お調子者で、いつも彼女を欲しがっていて、たまにデリカシーに欠けることも言う。そういったところは高校時代の宮野にも似ているが、あそこまで空気が読めないと言うことはない。たとえば今。渡辺はそれなりに真面目に話してくれているように見えるし、基本的には善良で人の気持ちは大事にするタイプだと思う。
和樹はさりげなく人波から離れ、会話が他人に聞かれないところに移動する。渡辺も着いてきた。「じゃあ、おまえには言っておく。」
「え?」
「俺の相手、男だよ。」
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