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第563話 まだあげ初めし (3)
「……え、あ……マジで?」和樹の突然のカミングアウトに、渡辺はしきりに後頭部を掻いて狼狽えた。
「うん。」
「それ、俺に言っちゃっていいの?」
「だって偏見ないって言ったから。」
「そうだけど。」今度は手汗でもかいたのか、しきりにズボンで手を拭くような仕草をする。「あっ、でも、写真。前に彼女の写真見せてくれたじゃん。」
「あれは女友達に協力してもらって。」
「……そうなんだ。」
「そうだとしたら驚く?」
「え、どっち。ネタなの?」
和樹の頭は目まぐるしく動いた。今ここで渡辺に事実をカミングアウトすることのメリットとデメリット。冗談だよと誤魔化すことのメリットとデメリット。
「本当のことだよ。」
「……そうかぁ。」渡辺は遠い目をして、何かを思い出している。「田崎くん?」
あっさりと言い当てられて、逆に開き直れる気がした。「そう。」
「だから彼、夏休みに長いことおまえのところにいたんだ?」
「うん。」
「今もつきあってんの?」
「うん。」
「遠距離のまま?」
「そう。」
「へえ……。」渡辺は和樹の顔をしげしげと見る。「それ、俺の他に誰か知ってる人いる?」
「ミヤちゃん。ミヤちゃんが最初に、気付いた。バーベキューの時。」
「俺は全然分かんなかった。」
「分かんないようにしてたつもりだった。でもミヤちゃんには見破られちゃった。」和樹は苦笑する。
「隠してたってこと? つか、隠したいの? おまえは。そのこと、みんなには秘密?」
「そう……だね。うん。まだちょっと、誰にでも言える覚悟はできてない。だから、まだ、みんなには言わないでほしい、かな。」
「黙ってるよ。こう見えても俺、そういうことに関しては口が堅い。」
「信じるよ。」
「でも、なんで急に言う気になった?」
「なんでだろうな。タイミングかな。ミヤちゃんが頑張ってるんだなって思ったら、俺も何かしなくちゃって思ったし。そんな時におまえが、そういうの気にしないって言ったから、つい。」
「つい、かよ。」
「うん。」
「ま、つい口を滑らさないようにするよ。」
「うん。……言わなきゃならない時が来たら、俺が言うから。」
「分かってる。」渡辺はそこでしばらく黙った後、口を開いた。「ミヤちゃんと俺以外、誰にも言えなかった?」
「そう……だね。地元の友達には知ってる奴もいるけど、大学では、そう。」
「それ、結構キツかっただろ。特におまえなんか、彼女いるのかなんてしょっちゅう聞かれるだろ。」
「おまえが一番そういう話を振ってたけど。」
「そっか。それは悪いことした。」渡辺はふざけもせずにそう言った。「今、少しは気が楽になったりしてる? 俺に話したってことで。」
「かなり。」
「そんなら良かった。」渡辺は笑った。「実を言うと、俺、都倉にちょっと距離感じてたもん。愛想いいけど、なんか腹割って話してくれてないような感じしてさ。今、それ聞いて納得した。それに、俺に話してくれたの、嬉しいよ。都倉が自分から教えてくれたのは、俺だけなんだろ?」
「今のところは。」
「今のところは、か。……だよな、そういうの、相手が男とか女とか関係なく、普通に誰にでも言えるようになればいいよな。……あっ、だからミヤちゃんみたいなサークルが要るのか。」
「そういうこと。」
「あぁ、なるほどなぁ。俺もミヤちゃんのアレ、手伝うよ。琴音ちゃんもいるし。」
「結局おまえはそれかよ。」和樹は笑う。「でも、サンキュ。」
「うん。俺、ホント、そういうの気にしないんだよ。でも気にしない分、やなこと言ってたらごめん。そういう時は言って。」
「分かった。」和樹は渡辺を改めてまじまじと見る。
「な、なんだよ。」
「俺、おまえのこと勘違いしてたかも。」
「どういう意味。」
「もっと馬鹿だと思ってた。おまえ、結構良い奴だな。」
「なんだよ、それ!」渡辺は拳を振り上げて怒る真似をした。その拳で和樹の肩を軽く叩くと、笑い出した。「俺は良い奴だっての、是非みんなに宣伝して。あっ、女子な。俺は女子限定。」
「女の子にとって良い奴かどうかは知らないからなあ。」和樹も笑う。
「良い奴だってば。」
「記念日とか大事にする?」
「するよ、するする。超メッセージ送るし、1ヶ月記念日とかやっちゃって逆にドン引きされる。」
「ドン引きされてんじゃん。」
「都倉はしないの?」
「しない。……いや、しなかったんだよね。その、元カノとつきあってた時は。」
「女の子もイケるんだ? じゃあミヤちゃんと同じ。」
「違う。男は今の、あいつだけ。それまでは女の子としかつきあったことなかった。」
「そうなんだ。で、今の田崎くん相手だとマメになったと?」
「マメになったっつかね。めったに会えない分、逆に、電話とかはよくするようになったな。」
「なるほどねえ。いろんなパターンがあるんだな。」
「そうだね。」いろんな出会い方があるし、育 み方がある。いろんな経験を経れば、感情だって価値観だって変わる。『変わるんだなあ、人の気持ちってのは。』……そう言ったのは誰だっけ。
「お、あそこ歩いてる子、新入生じゃない? とりあえず勧誘やるぞ、勧誘。」渡辺は元気よくそう言うと、また人混みの中へと分け入っていき、和樹もその後に続いた。
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