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第568話 まだあげ初めし (8)
――つか、もう、留学決定なの?
「いや。これから審査。でも、通るだろ。成績は問題ないだろうし、語学力もなんとかなるだろうし。素行は……たぶん大学側には、バレてない。」
――たぶんって。
「バレたところで、証拠もないしな。」
――そんなんで留学しても、今度は向こうで何かやらかしそう。
「どうだろうね。レポート地獄らしいから、そんなことやってるヒマないんじゃない?」
――そのぐらいのほうがあいつのためだな。
「同感。」
――涼矢は、大丈夫なの?
「何が。」
――哲がいなくなっても。
「いなくなるったってまた戻ってくるし。出発だってまだ先だよ。夏休み入ってすぐって言ってたから、7月かな。」
――夏休み明けたら、もういないって感じか。
「うん。」
――そもそも涼矢、哲の他にいるのかよ、友達。
笑い混じりに和樹が言った。
「いるよ。」涼矢もまた、笑い混じりに答える。答えながら、千佳と響子の顔が浮かぶ。2年生になってからはほとんど会っていない。
――休みの日に遊んだりする友達だよ? そういう話、聞いたことないけど。
「それは……。」千佳がアリスの店に来てくれたことならある。だが、そのぐらいだ。同じ講義をとっている人と学食で一緒にランチを食べたり、教室で雑談したりしたことはある。それはいつも「哲の友達」だった。哲が声をかけ、あるいは哲に声をかけてきた人たち。千佳たちだって最初のきっかけはそうだ。
――友達、作れよ。サークルとかバイトとかしてないと難しいかもしれないけどさ。向こうから来るの待ってるだけじゃだめだろ。
「友達作りに大学行ってるわけじゃないし。」
――そうだけど、おまえ、弁護士になるんだろ。弁護士って人を助けるためのもんだろ。いろんな立場とか、価値観とか、知っておくのは悪くないと思う。そうじゃないと、気持ちに寄り添えないだろ。
「……おまえ、たまにすげえいいこと言うよな。」
――たまにかよ。
「はは。」
――哲みたいに黙ってても向こうから構い倒してくる奴なんか、めったにいないんだから。こっちからも近づいて行かないとさ。
「うん、まぁ、努力はするよ。」
――俺も、ちょっと頑張ったんだ。
「ん? 何を。」
――友達づきあい。
「和樹は元々そういうの得意だろう。」
――うん、でもさ、言えてなかっただろ、大学の友達に。おまえのこと。
「……言ったの?」
――1人だけね。大学入ってからは、一番一緒にいる奴。
「そっか。」
――気にしないって。友達やめるとか思わないって言ってもらったの、すげえ、嬉しかった。あと、言ってくれてありがとうって言われたのが。
「よかったな。」
――おまえが覚えてるか分かんないけど、バーベキューの時にもいたよ。向こうは覚えてて、相手はおまえか?って言い当てられたよ。
「あ……。ごめん。俺が、うまく隠せてなかった?」宮脇にバレたのも自分のせいだったし、と涼矢は思っていた。
――いや、そうじゃなくて、うちのキャンパスに来た時に、男2人としゃべっただろ。あいつらのうちの1人なんだ。渡辺って奴。あの時さ、随分長く俺のところにいるんだなって話になったの、覚えてない? そのことが引っ掛かってたみたい。
「みんな、人のことをよく覚えてるな。」
――おまえが意識しなさすぎなんだってば。だからさ、もう少し関心を持てって言ってんの。
「……分かったよ。」
――でもさ、言えてすっきりした。1人だけ、あ、ミヤちゃん入れれば2人だけど、大学にも知ってる奴いて、バイト先も久家先生と小嶋先生いて、それだけって言ったらそれだけだけど、でも、誰かが知っててくれてるって思うと、気持ちの軽さが全然違う。……おまえが哲を大事にするの、ちょっと分かった。
「なんでそこで哲なんだよ。」
――自分の一番弱くて、深いとこ、分かってもらえるのって、すげえ嬉しいし、ホッとする。
「……。」
――弱いとこ、って言いたくなかったんだよ。絶対そんな風に言わないって思ってた。俺がおまえが好きな気持ちは弱点なんかじゃないって。でも、伝えたら、パーッて気が軽くなったのも事実で。けど、やっぱそいつ以外にもオープンにできるかっつったら、できなくて。でもさ、それが俺の弱さなんだって認めたほうが強くなれる気がするっていうか。悪い、なんかうまく伝えられないけど。
「……うん。分かる、気がする。」
――あのな、今の話、おまえが重荷って意味じゃないんだよ? そこは勘違いするなよ?
「うん。分かる。分かってる。」
――自分の弱さを見せられる相手っていうのは、すごく、大事だなって。
「うん。」
――でも、俺、おまえにはあまり見せたくないし、たぶん、おまえもそうだろ。かっこわるいとこ、見せたくないと思ってる、俺ら、2人とも。
「……うん。」
――だからさ、そういう友達、大事だなって。おまえにとっての哲は、そういう存在でもあったのかなって。
「そんな風に思ったことはないけど、そう、かも。」
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