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第574話 まだあげ初めし (14)

「んーん。」と涼矢のうめき声のような声が聞こえた。どうやらそれは、ゆっくりしてほしい、という頼みを否定する声だったようで、ゆっくりどころか却ってスピードを上げている。頭ごと動かして、時に咽喉奥にまで当ててくる涼矢からの刺激に、和樹は膝から崩れ落ちそうになっていた。 「やばいって……も、イッちゃう、から……。」  絶対に聞こえているはずなのに、涼矢は何も答えない。和樹は涼矢の髪をまさぐりながら、フィニッシュした。涼矢は顔色ひとつ変えずにそれを飲み下し、更には仕上げのように和樹のペニスを舐め上げた。 「大丈夫?」と和樹が尋ねた。 「ん。ティッシュ、取って。」 「え、イッた?」 「俺のほうが先。」 「マジか。」和樹はパンツとズボンを上げると、ティッシュをボックスごと持ってきて、涼矢に渡した。 「俺がイッたの気づかないぐらいには、夢中になってくれた?」後始末をしながら涼矢が言う。 「……ってことになるな。」 「良かった。」涼矢は立ち上がり、ズボンを直すと、洗面所に行き、口を漱いだ。「そういや、帰ってきた時、してなかっただろ、手洗い、うがい。」 「あ、最近やってないや。受験シーズン過ぎたら、忘れてた。」 「なんだ、俺との再会が嬉しすぎてうっかり忘れたわけじゃないんだ?」  和樹は自分から腕を巻きつけるようにして涼矢に抱きついた。「嬉しすぎて、うっかりしてた。」と言って笑う。 「もう遅いよ。」涼矢も笑う。和樹のこめかみや頬に軽いキスをした。 「じゃ、買い物行こ。」 「すっきりした顔しやがって。」涼矢はやんわりと和樹の腕を外す。 「おまえがやりたいっつったんだ。臍見るだけのはずが。」先に玄関に立ったのは和樹だ。靴を履くのは1人ずつしかできないスペースだから、涼矢はその背後で履き終わるのを待つ。 「それで終わるわけないだろ。」 「それ、俺のセリフ。」和樹がドアを開け、体半分、ドアの外に出たところで、涼矢が入れ替わるように靴を履く。  一通りの買い物を済ませて戻ってくると、もう7時も回っていた。和樹は文句も言わずに素直にキッチンに立ち、キャベツをざくざくと切り始めた。涼矢は炊飯器に米をセットすると、そんな和樹の手際を確認するように見つめた。 「やりづらいよ。見んなよ。」 「キャベツ切ってるだけだろ。」 「だから嫌なんだよ、そんなのもできないのかって言われそう。」 「言わないよ。それに前の時だって、野菜切るの案外上手だなぁって思って見てたんだから。」 「それ。」和樹は包丁を握っていない左手で涼矢を指差した。「なんかさ、カレーの時も案外細かく切るよねとか、餃子包むのも案外器用だよねとか。いっつもそういう言い方するけど、俺が器用だと、どうして『案外』なわけ?」  涼矢は一瞬目を丸くして言葉を失ったが、やがて笑い出した。「本当だ。俺、毎回そう言ってるな。悪い。」 「きみはね、ちょっとばかし頭が良かったり料理が上手だったりするからってね、そうやってひとを馬鹿にするのが、いけないところだと思うよ。」 「はい、気を付けます。馬鹿にしたつもりはないけど。」 「一言余計。謝る時に『でも』や『けど』って言ったら謝罪にならない。どういうつもりだろうと、俺の繊細なハートが傷ついたことに変わりはないんだから。」 「繊細なハート……。」 「何か?」 「いえ、何も。失礼な発言については謝ります。じゃ、作業の邪魔してすみませんでした。どうぞお続けください。」 「以後気を付けたまえ。」大仰な言い方をして、自分が先に笑い出す和樹だった。涼矢もつられて笑いながらその場を離れ、ベッドに腰掛けた。 「明日は学校も塾もあるって言ったっけ。」ベッドから涼矢が声を掛けた。 「ああ。」 「ここにあるのって、塾のテキスト?」  和樹は横目で涼矢の視線の先を追う。ワイヤーラックの隙間に無理に詰め込んだテキスト類のようだ。「そう。」 「全部解けるの?」 「全部は……難関校の過去問は危ないけど、授業で使うテキストだったら、だいたいは。あぁ、でも化学とか怪しいな。理科はまず受け持たないから。時間かければ大体は思い出せるけど、多少は予習しないと教えられるレベルにはならないから、急なピンチヒッターは無理。他の先生はいきなりでもこなすからすごいよ。」 「古文の品詞分解とか。」 「ああ、それ得意。」 「マジか。すごいな。俺、さっきパラパラって見ちゃったけど、全然忘れてた。数学のほうがまだできそう。」 「古文は、試験対策としてはほぼ文法と古文特有の単語の暗記だろ。現代文みたいに長文読解の問題は出ないから、覚えちゃえば楽だよ。何回か教えてたらコツも分かってきた。」  和樹が塾講師のバイトのために、そんな風に真面目に勉強して備えているとは意外だ、と言いそうになって、涼矢は慌てて口をつぐんだ。「意外」などと言えばまた和樹に怒られそうだ。 「でも、本当は社会のほうが得意だろ?」 「一応ね。得意教科って言ったら、政経になるのかなぁ。でも、小学生は政経なんて科目ないし。あ、日本史も好き。古文に抵抗ないのはそのおかげもあるな、きっと。」しゃべりながら、和樹はフライパンで肉を炒めはじめた。

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