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第575話 まだあげ初めし (15)
「和樹、頭いいんだね。」
「は? 何、急に。皮肉か?」
「いや、素直にそう思った。」
「おまえに言われてもなぁ。偏差値だって大した大学じゃないし、もちろん特待生になれるほどの成績じゃないし。」
「俺はだって、必死に勉強してるもの。たぶん、おまえの2倍以上の時間、勉強してる。でも、俺がおまえの倍も頭いいとは思えない。大学だって和樹が自分で言うほど悪くないっつか、結構良い方だと思うけど。」
「教室長には大したことのない中堅大学だって言われた。」
「え、そんなこと言われたの?」
「入ってすぐの頃ね。でも、顔がいいから雇ったって言われて、超複雑だったよ。」
「はあ? なんだそれ。」涼矢はムッとする。
「野菜炒め、できたよ。皿出してくれない?」
涼矢は勝手知ったる食器棚から皿を出す。和樹がその上でフライパンを傾けて、盛り付ける。
「塾だって客商売なんだろうからルックスが関係ないとは言わないよ。けどさ、それが一位の理由っておかしくない?」涼矢はぷりぷりしながら、和樹とポジションをチェンジする。まずは玉ねぎのみじん切りだ。
「教室長、何考えてるか分かりにくい人なんだよ。でも、悪い人じゃないよ。尊敬もしてる。顏の話も、今は納得してる。実際、知識とかより、見た目で客寄せパンダとして雇われたのは事実だと思うよ。でもさ、それで高い金出して塾に入ってくれるかっていうと、そんなに甘くない。その先の、教える技術は他の先生たちが優秀だから、来てくれるんだ。うちは大手じゃないから知名度も広告費用もない。まずは説明会でも体験でも来てもらわなくちゃならなくて、そういう、足を運んでもらう最初のきっかけが大事で、俺の顔が少しは役立つならそれでいいと思うようになったし、今はそれしかなくても、顏だけとか、見かけ倒しとかって言われないようになろうと思ってる。」
「和樹が顔だけだなんてこと、あるわけない。」
「今はそうだもん。……あれ、ここは俺、謙遜すべき?」
「俺相手に謙遜しても仕方ないだろ。」
「だよな。」
「顔を謙遜する必要はないし、顔だけだなんて謙遜も必要ない。さっき言った通りだよ、中学校の5教科全部教えられるって相当すごいことだよ?」
「いや、だから、教えられないんだって。国語は今メインで教えてるからまあまあできるよ、でも、他は記憶をたどって、でも思い出せなくて、講師用の指導書の解説読んで、それも分かんなくてネットで調べて、よっぽどの時はほかの先生に聞いて、それでやっとなんだから。」
「だからさ、そういう努力が誰でもできるかって言うと、そんなことないんだよ。途中でやめちゃう奴もいるし、はなから努力しない奴もいるし、俺みたいに人の何倍もやらなくちゃ理解できない奴もいる。……和樹、きっと、地頭 がいいんだろうな。」
「んなこと言われたことない。受験だって最初から楽なコース選んでばっかりだったし、なんせ飽きっぽいし。今は金もらってるから多少はね、ちゃんとしなくちゃって思うからやるけどさ。」それに、ずっと努力を続けている涼矢に対して、恥ずかしくない自分でいたいからだ、とは言わなかった。
「それでもそれなりの大学受かったってことだろ? 俺なんか結構頑張ったつもりだけど、第一志望は落ちた。高校受験の時もそう。でも和樹は楽なコース選んで俺と同じ高校なわけだろ?」
「運が良かっただけ。」
「運だって実力のうちだ。顔が人よりいいのもね。」
「そう言うなら、親が金持ちなのも実力だな。」
「まぁ、そういうことになるな。」
「そうすると、人間はみんな平等なんてことはないなぁ。頑張れば報われるとも限らないし。」
「そりゃそうだ。」涼矢は炊きあがったごはんと具材を一緒に炒め、いったん大皿によけると、今度は薄焼き玉子を作り始めた。「ふわとろじゃないほうがいいんだよな?」
「うん。」
涼矢は玉子でチキンライスをくるみ、皿に盛りつける。続けてもう一度同じ作業を繰り返した。それをテーブルに置くと、和樹がケチャップを渡した。
「ラブ注入?」
「イエース。愛を込めてな。」
「それでは。」涼矢はオムライスにケチャップで何やら描きはじめた。ハート型でも描くのだろうと思っていると、文字らしい。「あ、ちょっと失敗。」
「ん? ああ、カズキって書いたのか。」
「点々が乱れた。」
「いいよ、別に。」和樹は笑った。「リョウヤって書いてあげようか?」
「俺、普通にかけるからいい。」
「ひど。書かせろよ。」和樹はまだケチャップのかかっていないほうの皿を強引に自分に寄せて、ケチャップを絞り出す。「あ、すげ、俺、天才。」黄色い玉子の表面には「RYO-YA」と書かれていた。
「ほんとだ。上手。ほんと、変なとこ器用だよねえ。」
「変なとこって言うな。」
「お菓子作り、向いてるかも。」
「おまえが食事担当で、俺はスイーツ担当か。」
「そうそう。」
「完璧タッグだな。」
和樹の言葉に、涼矢ははにかんだような笑顔を見せた、「いいね、それ。」
「ん?」
「カップルっていうのはちょっと気恥ずかしいけど、タッグって言い方は、なんかいい。」
「ああ。そうね。」和樹も涼矢の照れ笑いが感染ったような表情になり、鼻の頭を描いた。「ま、食べましょうよ。」
「うん。いただきます。」
「いただきます。」
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