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第576話 まだあげ初めし (16)

 今日もテレビはつけない。涼矢がいる時は大抵そうだ。実家にいる頃からそれほど見るほうではなかったけれど、1人暮らしを始めてからは、これといって見たい番組がない時でも惰性でつけてしまうことも増えていた。シンと静まり返る空間が孤独を思い出させるからだ。 「今回は、日曜までいられる?」 「うん。」 「今日、木曜だから……4日か。短いな。」 「仕方ないだろ。」 「責めてない。4日間のためにわざわざ来てもらって、申し訳ないってこと。」 「1日しかいられなくても、来るよ。」涼矢はオムライスを口に運ぶ手を止めて、和樹を見つめる。「おまえが会いに来いって言えばね。」和樹がたった1日のために「来い」などと言うわけがなかった。涼矢もそれは分かっていた。分かっていてなお、言葉を続けた。「手術の時だって、本当は来たかった。」  冗談めかすこともしない涼矢の口調に、つい和樹の手も止まった。 「でも、あの時は。」 「宏樹さんが行くって聞いて悔しかった。」 「でも。」 「分かってるけど。来たって何の役にも立たないし。」 「なあ、だからそれは、ちゃんと、俺。」 「うん。」涼矢はオムライスをスプーンに載るだけ載せて、一口で頬張った。頬が膨らむ。 「うん、て、ホントに分かってんの。俺、別に、気弱になって、勢いでああいうこと言ったわけじゃないからな?」  涼矢はまだ口をもごもごさせている。頷くこともしないで、ただ口の中の物を咀嚼し続けている涼矢を見つめて、和樹は涼矢の返事を待った。  ようやく涼矢が口を開く。「勢いで言ったんだとしても、プロポーズしたのはそっちだからな。後からやっぱやめたって言っても、だめだからな。」  和樹はポカンとして、スプーンを落としそうになる。 「なんだよ、その顔。」涼矢は箸に持ち替えて野菜炒めをつまむ。 「え、だって。」和樹はくすくすと笑い出した。「おまえ、強くなったなぁ。」 「はあ?」 「俺が最初につきあおうって言った時は一時の気の迷いだなんだ言って突き放そうとして、その後だって、何度好きだって言っても信じてくれなくて、つきあいだしてからだって、どっかで一線引いてて。おまえ、ずっとそんなで。」 「そんな昔のこと。」 「昔って、1年ちょい前だろ。……あ、そうだ、1周年。1周年記念式典やろうと思ってたのに、忘れてた。」 「なんだよ、記念式典って。」 「部屋を飾り付けてさ、サプライズしてやろうと思ってた。でも、俺のいない隙に来るって言うから、それじゃ驚く顏見られないし、なんか別のことをって考え」  和樹がまだしゃべってる口元に、涼矢がスプーンを突き出した。「はい、あーん。」 「なんで、今。」 「1周年記念あーん。」  和樹は口を開いて、スプーンにかぶりついた。「これが記念行事?」 「そう。」 「あそ。じゃ、おまえも。はい、あーん。」和樹も涼矢にスプーンを差し出すが、涼矢はそれを口にせずに、和樹の手首をつかんだ。スプーンがテーブルに落ち、それに載っていたオムライスがちらばった。「おい、こぼ」  涼矢は和樹の手首をグイッとひっぱり和樹を抱き寄せた。ローテーブルでの食事だったから2人とも床にクッションを置いて座っていたが、抱き寄せた勢いで和樹をそのまま床に押し倒す形になった。 「好きだよ。」涼矢が言った。「4年前からずっと好き。けど、今が一番好きだよ。4年前より、1年前より、今が。」 「だからメシ食ってる最中に押し倒してるの?」 「そう。4年前より強くなったし、1年前にはできなかったことも今はできる。」 「こういうことをか?」 「ああ。」涼矢は和樹にキスをした。ほんのりケチャップの味がする。 「せっかくのメシが冷めるぞ。」押し倒されたままの姿勢で、和樹が言う。 「温め直せばいいだろ。」 「……このまま、すんの?」 「する。」涼矢は立ち上がり、すぐ近くのベッドに乗った。そこから手を伸ばして、和樹を誘う。「来て。そこじゃ背中、痛いだろ。」 「気遣いのポイントがおかしい。」そう言いながらも和樹もベッドに乗ってきた。 「1年前より強くなって、1年前には言えなかったわがままも言えるようになった。言ってもおまえは怒らないって学習した。」 「それが1年つきあった収穫?」 「うん。」2人はベッドの上で向き合うように座り、涼矢が服を脱ぎ始めると、和樹も黙って脱ぎ始めた。  ズボンも下着ごと脱いて全裸になると、和樹は少し不安そうな顔になり、言った。「やっぱ、その、シャワーぐらい、してこようかな。外から帰ってきたまんまだし。」 「だめ。」涼矢は和樹の両肩をつかむと、壁にもたれるように誘導した。壁を背にして座る形になった和樹の両足を開かせる。 「わ、ちょっ、何。」和樹は慌ててその足を閉ざす。 「何って、ほぐすの。……ローションとゴムは? 前と同じ場所?」 「……枕んとこ、はしっこめくれば、ある。」言われた通りの場所に、それらはあった。箱から出されたコンドームはともかく、ローションのボトル容器が枕の下にあるのは不自然だった。 「用意してくれてたんだ。」 「るせ。」和樹は表情を隠すように、涼矢が位置をずらした枕を抱え込み、顔を半分埋めた。

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