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第578話 まだあげ初めし (18)

「気持ち良くて?」 「うん。気持ちいい。」  和樹は涼矢を意図的に挑発する様子もなく、思わず口をついて出た独り言のようにその言葉を発した。そのことが却って刺激となって涼矢は射精した。 「抜かないで。」和樹は涼矢の腕をつかんだ。「動かなくていいから、そのまま。」 「動かなくていいの?」 「いい。」和樹は涼矢にしがみつくように腕を絡めた。「なんか……なんだろ、今なら、妊娠できそう。」 「ゴムつけてる。」 「馬鹿、気分の話してんだよ。」和樹は悪態をつきながらも、涼矢を抱く手の力を強めた。それと同時に、体の奥がまた熱くなるのを感じた。「何、涼、また硬くしてんの。」 「おまえが可愛いこと言うから。」涼矢は和樹にキスをした。舌を絡めあい、唾液の音が響いた。 「んんっ……。」そんなキスを何度もしているうちに、更に熱くなる。 「このまま続きしていい?」ダメだと言われても止められやしないだろう。そう思わせるほど切羽詰まった声で涼矢が言った。 「ん。」もちろん、和樹が断ることはなかった。上げていた片足を下ろして、正常位になる。  和樹はほとんど目をつぶっているが、たまにうっすらと開けることもある。その、どこにも焦点が合っていないような目が、色っぽい。それから汗ばみ、薔薇色になった肌が艶めかしい。荒く息を吐き、時に悦楽の声をあげる口が可愛い。もっともっととねだるように絡めてくる足が愛しい。――本当に孕んでしまえばいいのに。そんな荒々しい願望をぶつけるように、涼矢は和樹を浅く深く、何度も攻めた。  お互いの欲望をぶつけあい、何度も上りつめて、ようやく嵐が過ぎ去る。汗と精液でべたつくのも厭わずに、涼矢は和樹を抱きしめた。  半ば夢見心地の和樹が「……腰、だり。」と呟いた。 「痛い?」 「痛くはない。」少しずつ現実に引き戻されてくる。すぐ隣に横たわる涼矢の顔に触れ、顎のラインをなぞる。 「何? どうしたの?」 「いや。本当にここにいるなぁ、って。」 「いるよ。」涼矢は笑って、和樹の額にキスをした。「ずっといられたらいいのにね。」 「……そのうち。」 「そのうち、ね。」涼矢は上半身を起こす。「シャワー、する?」 「するけど、おまえ先でいい。俺はちょっと休憩。」 「すごかったもんねえ?」涼矢は手の甲の側で和樹の頬を撫でた。 「おまえが無茶してくるからだろ。」 「無茶だった?」 「……いいから、さっさと風呂行ってこい。」  涼矢は自分の裸の胸を触る。「和樹ので、べったべた。」 「おまえのかもしんねえだろ。」 「俺はずっとゴムしてたもん。」涼矢はそう言ってベッドから降りた。いったん振り返り、「そうしないと和樹、妊娠しちゃいそうだったから。」と言い、ニヤリと笑う。 「早く行けって、馬鹿。」  シャワーを浴びながら、涼矢は自分がたった今和樹に言い放った言葉を反芻する。もちろん単なる軽口だ。和樹が妊娠できそうなどと言ったから、それを受けての売り言葉に買い言葉のようなものだ。  けれどあの時、和樹が俺の子を孕めばいい、と一瞬にしろ本気で思ったのは事実だった。どんな和樹を愛しく思っていても、今までそんな非科学的なことは想像したこともない。そもそも自分の遺伝子の継承を望んだこともない。その点で倉田のある種の「人間的欠如」に共感してしまうところもあるのだと、かつて和樹に話したこともある。  では、あの時よぎった思いはなんだったのか。和樹にプロポーズされて、そんな願望も出てきたのだろうか。いや、しかし、別段自分にも和樹にも似た子が欲しいとは今も思わない。自分が欲しいのは「和樹」本人だけだ。和樹だけが。 ――ああ、だからか。  涼矢は滝行をするかのようにシャワーの湯を浴び続けながら、思った。 ――和樹にも、俺のことだけ考えていて欲しいんだ。妊娠中の女性が腹の中の子のことだけで頭をいっぱいにするように、ずっと俺に気を取られていて欲しいんだ。  シャワーに打たれながら、涼矢は苦笑した。――つまり、和樹を独り占めしたいだけだ。まったく、全然成長しないなぁ、俺は。  それから少し、倉田のことに思いを馳せた。彼とその妻との「子作り」はその後どうなったのだろうか。倉田と哲が別れたのは去年の夏の終わりのことだ。妊娠するだけではなくて、出産まで漕ぎつけたら離婚をする、という約束だったはずだ。涼矢は歳月を計算した。……出産までとなると、最速で妊娠できたとしてもまだ結果は出ていないか。もし、うまくいったとして、奥さんが出産したとして……血を分けた我が子を目の当たりにしても、倉田は「自分のDNAを引き継ぐ子などゾッとする」という考えを変えずにいられるのだろうか。  涼矢はその先を考えることはやめた。もう涼矢の想像の範疇を超えていたし、こうして「その先」を考えていれば、確実に「じゃあ、俺たちは」という問いに直面しなければならない。和樹は以前、いつかこどもが欲しくなったら、血にこだわらずに里親になったっていいのだと簡単に言いのけた。俺たちなら、その子を愛せるとまで。浅はかと言えば浅はかな言葉だ。そんなに簡単に済むはずがない。けれど、そういう大胆で柔軟な言葉にこそ、涼矢は救われてきたのだった。――今はまだ、そこまででいい。まだ俺たちは一緒に暮らすことすらできないでいるんだから、その先のことなんか。

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