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第581話 まだあげ初めし (21)

「入院しても、完治して元気に退院することは、まずできない。ただ進行を少しでも遅くするだけ。そういう難病だった。でもさ、俺、告白された時はそのこと知らなくて、笑い飛ばしちゃった。チビの頃から知ってる相手に何言ってんだよ、罰ゲームか?なんて。」渡辺は顔を洗うかのように両手で顔をこすった。もしかしたら目頭にたまりそうな涙を誤魔化していたのかもしれない。「入院してから、うちの親が向こうの親から事情を聞いて、俺も真相を知った。見舞に行くって言ったら、本人が嫌がるからって断られた。俺があんなこと言ったせいで嫌がられてると思って、手紙書いた。知らなくてごめんって。本当は俺も好きだよって。そしたら、会いたくないのは、おしゃれもできないし、体が痛くてうまく笑えない時もあって、そういう自分を見せたくないからだって。元気になったらデートしようねって。それから文通みたいなこと始めてさ。手紙では元気そうにしてたけど、やっぱりだめだった。1年ももたなかった。」 「あ……。」 「一度も会えなかったんだぜ? 一度も。告白された後に彼女の顔見たのは、葬式の時だ。棺の中の。都倉にしてみたらそんなのつきあった内に入らないって思うかもだけど、――でも、俺は、俺の初カノは彼女だと思ってる。」  和樹は何も言えずに立ち尽くしていた。 「だからさ、好きだと思ったら、相手のこと疑ったり、変な駆け引きしたりしないで、まっすぐ向かったほうがいいと思うんだ。後悔してからじゃ遅い。」 「そう思ったから、俺が……男とつきあってるのも、許せた?」  渡辺はハハッと笑った。「別にそんなの、俺が許すとか許さないとか、関係なくね?」それから真面目な表情になる。「葬式の後に、彼女のお母さんから手紙を渡されたんだ。死んだら渡してくれって預かってたらしい。それに、いっぱい恋してください、なんて書いてあるの。自分は高校にも行けないけど、カイくんは高校楽しんで、友達たくさん作って、部活もやって、いろんなこと経験してねって。だから俺、そうすることにした。なんでもチャンスがあったらやってみようと思ってるし、どんな高嶺の花でも、いいなぁと思ったら即アプローチする。」 「ちょっと都合よく解釈してる気がしなくもないけどな、特に、恋愛関係。でも……良い子だったんだな、その子。」 「うん。良い子だったよ。でもさ、その子が一番好きな奴、本当は他にいたんだよ。」 「えっ?」 「同級生に、少女漫画のヒーローみたいな奴がいてさ。容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能ってのが。幼馴染はそいつが好きだったんだ。でも、好きだったからこそ言えなかったんだと思う。病気のことを言えばそいつも無視できなかっただろうけど、そんな同情で縛りつけても仕方ないって思ったんだろうし、でも、恋愛もできないまま死んじゃうのも嫌だったんだと思う。それで、幼馴染みの俺を選んだ。俺ならなんとかなるって思って。」 「その子がおまえにそう言ったの?」 「言わないけど、分かるよ。ちっちゃい頃からずっと見てたんだから。」 「おまえはその子のこと、好きだったんだ?」 「そう。その子が初恋で、ずっと好きだった。だからいいと思った。向こうにとって俺は一番じゃなくても、俺は一番好きな子に振り向いてもらえたんだから。最後には俺を頼ってくれたんだから、それでいいって。でもさ、それを伝えられなかった。告白された時にちゃんと言ってやればよかった。手紙にももっと好きだって書いてやればよかった。それはずっと後悔してる。」渡辺は和樹をまっすぐに見た。「だからさ、都倉が誰を好きでも、それが男でも女でも、そういう気持ちは、大事にしたほうがいいっつか……こんなこと語っちゃうの、俺らしくなくて恥ずかしいんだけどさ、まあそういうこと。」最後は無理矢理まとめると、和樹の返事を待たずに渡辺は歩き出した。「やべ、時間ギリギリ。」  和樹も渡辺も小走りで次の教室に向かった。  帰宅した和樹を出迎えたのは、「おかえり」という涼矢の声と煮物の匂いだった。自分で作ると言ったら炒め物が多い和樹には、久しぶりの匂いだった。 「ただいま。……肉じゃが?」 「いや、がんもどき煮た。メインは鮭の西京焼き。」  和樹はつい吹き出す。「本当におかんみたいだな。」 「そう?」 「うちの実のおふくろよりおかんぽい。」 「自分でもそう思う。佐江子さんよりは絶対おかんぽい、俺。」涼矢はちらりと時計を見た。「少し早いけど、今すぐ食べる?」 「うん。今食べる。」 「了解。出るのは何時?」涼矢はそのまま盛り付けを始めた。 「1時間後かな。」 「了解。」返事をする涼矢を、和樹は後ろからハグした。「あー、はいはい。嬉しいけど、邪魔。」涼矢は手にした菜箸で空を切りながら、追い払う仕草をする。 「ひど。」和樹は涼矢の背中にぺたりと貼りついたまま、離れなかった。涼矢の肩に額をつける。「涼矢くん。」 「なんですか。」 「好き。」

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