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第582話 まだあげ初めし (22)
「ありがとう。でも邪魔。」
「ひどい。でも好き。」
「……1時間しかないんだろ?」
「ない。」
「メシ食ってから行くんだろ?」
「うん。」
「じゃあ、離れて。」
「はい。」和樹はあっさりと身を引いて、コップや箸を出しはじめた。
涼矢はフウと息を吐き、盛りつけの続きをする。しかし、その手はすぐに止まる。「今の、なんだったわけ?」
「え?」和樹は涼矢のほうを向いたが、背中が見えるばかりだ。
「なんかあったの。辛いことでも。」
「ないよ。」
「じゃあ、何。急に。」
「うーん。」和樹は渡辺との会話を思い返していた。「手遅れにならないうちに、好きって言っておこうかなって思った。」
涼矢は振り返る。「手遅れって?」眉をひそめて、硬い面持ちをしている。
「ああ、ごめん。えっと……メシ食いながら話すよ。時間ないし。」
2人して給仕をして、テーブルにつく。いただきますを言い合って、食べ始めた。豆腐とわかめの、何の変哲もない味噌汁に和樹はほっと一息ついた。
「こういう味噌汁、久しぶり。」
「ああ、味噌汁の素、作っておいた。」
「味噌汁の素?」
「味噌を団子にして、鰹節とか乾燥わかめとか混ぜたやつ。お湯を注げば1杯分の味噌汁完成。」
「そんなんできるんだ? おまえ天才だな。」
「冷凍したから1ヶ月ぐらいもつと思うけど。まぁ、早めに食っちゃって。」
「ありがと。」
涼矢も一口味噌汁を含む。「で、さっきの話。」
「ああ、さっきのね。大した話じゃないよ。……渡辺がね。渡辺って、俺がおまえのこと話した、大学の友達。」
「うん。」
和樹はかいつまんで渡辺の話をした。なるべく淡々と。感情を込めれば、泣きたくなる。
「渡辺って悪い奴じゃないんだけど、少しガサツっていうか。宮野ほどじゃないけど、ああいう、無神経なところがあって。年がら年中、彼女欲しいなんて言ってるところも似てて。そういう奴だから、俺は少し軽く見てたんだ。良い奴だとは思ってたよ? だから大学では一番仲良くしてたし。話しやすくて、フットワーク軽くて、一緒にいて気楽だった。でも……だから、そんなことがあったなんて、全然思わなかった。」
「でも、そいつに俺とのこと真っ先に話したんだから、信頼してたんだろ? 本当にただ無神経でガサツなだけの奴だと思ってたら、言わないだろ?」
「うん。そう……そうだな。言われてみれば、そういうことだよな。案外真面目なところもあって、あ、渡辺も教職取ってるから、結構かぶる講義あるんだけど、サボらないし、ノートとかすげえ几帳面なの。あとサークルも、学年のリーダーはバーベキューの時に幹事やってた鈴木って奴なんだけど、渡辺はその補佐って感じで、いつも一緒にいろいろやってくれてて……。あのサークルさ、結構大所帯なんだよ。100人以上いるの。だから部長やると就職にも有利って噂あってさ、それ目当てでリーダー努めて、ゆくゆくは部長やるっていうね、そういう出世コースがあるんだけど、渡辺みたいに補佐だけしてても、そういうメリットは何もないんだ。俺みたいな半分幽霊部員と同じ。それでも、頑張ってて。あれ、俺、何が話したかったのかな。」
「渡辺って人が、無神経でガサツな面もありつつ、実は真面目で、縁の下の力持ち的に頑張ってるって話。」
「そう。そういうこと。それで、あいつがそういう風になったのは。」
「亡くなった初恋の彼女のおかげ。」
「そう。」
「そんな人に、好きって気持ちは、手遅れにならないうちに伝えたほうがいいって言われたわけだな? それがさっきの理由だな?」
「それ。」
「理解して納得した。」
「うん。」和樹は2杯目の白飯をよそうために立ち上がる。ちらりと涼矢の手元を見ると、やはり空だったので、手を出して茶碗を寄越せと目配せした。涼矢もすぐに察して、茶碗を渡す。炊飯器のところまで歩いて行き、飯をよそいながら和樹は言う。「だから、言った。」
「俺も好きだよ。」
「うん。」和樹はおかわり分の茶碗を涼矢に渡す。自分もあぐらをかいて座り、その白飯を頬張り、飲みこんだ。
涼矢のほうは、ふと、押し黙る。和樹が不思議そうに涼矢を見た。茶碗を持ったまま、涼矢はぽつりと言った。「同情した?」
「誰に?」
「渡辺。」
「……まあな、そんな、中学生やそこらで死んじゃったと聞けばかわいそうだと思ったし、それが初恋だった渡辺もキツかっただろうなとは思ったよ。」和樹は茶碗と箸をテーブルを置き、それをじっと眺めるように考えてから、涼矢を見る。「話を聞いて、涼矢と重ねたところもあるよ。でも、おまえにしろ渡辺にしろ、ただかわいそうがってるわけじゃないし、一緒くたにもしてない。」
涼矢も手にしていた茶碗を置いた。
「涼矢も初恋の人、亡くしてて。そういう経験したのはおまえだけじゃないんだなとは思った。」
「うん。」
「人が死ぬことに慣れることはないって、前に、涼矢、言ってただろ?」
「言ったっけ。」
「言った。ほら、小嶋先生のお母さんが亡くなった時。俺、すげえ動揺してさ。」
「ああ。」
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