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第587話 花ある君と (1)

「自分でやるから。」と涼矢は苦々しい顔で言う。 「往生際が悪いな。人の目の前でマスかくのは平気なくせに。」和樹はシャワーヘッドを奪い取ろうとする。 「平気じゃねえよ。」 「そうは見えなかったぞ。」 「開き直ってただけ。……そっちこそしつこい。」シャワーヘッドを右に左によけながら、涼矢が言う。 「俺がやりたいことはなんでもやるって言ってたじゃん。」最後はそんな和樹の言葉で、涼矢は渋々シャワー権を和樹に譲った。和樹は勝ち取ったシャワーヘッドを手に、「ほら、ケツこっち向けて。」と言った。 「そんなことしなくていいのに。」 「俺がやりたいんだから、いいの。」 「何が楽しいんだか……いっ。」早速、和樹の指が中に入ってきて、涼矢は思わず声を上げた。 「逆だったらおまえ、楽しそうにやるだろ?」 「逆だったらな。」涼矢は壁に片手をついた。 「俺だって楽しいよ。」左手にシャワーを持ち、右手で涼矢のアナルを探り、耳元でそう囁くと、その耳たぶに口づけた。ぴくんと涼矢の体が反応する。「もっと奥まで行くよ?」宣言通りに、和樹の指はより奥へと入り、内側をこそげとるように動いた。それに連動して、涼矢の膝がかくかくと震え、いつの間にか涼矢は壁に両手をついていた。 「ちょ……、もう、いいよ……。」弱々しく涼矢が言った。 「まだ、ほら。」和樹はわざと指についた白濁液を残して、涼矢に見せた。「でも、あんまり気持ちよくなんないで、我慢して。」それから手を涼矢の前に回して、ゆるく勃起しはじめたペニスを握った。「次は、これでイカせて? いつもみたいに。」  ハッとしたように涼矢は振り返り、和樹を見た。和樹はシャワーをフックにいったん戻すと、涼矢の後頭部に手をやり、自分に引き寄せキスをした。涼矢も和樹を抱き返し、貪り合うようにキスをした。  翌朝、和樹のセットしたアラームで2人とも目を覚ました。例の喫茶店にモーニングセットを食べに行こうと約束していたから、それに間に合うように時刻を設定してあった。布団の中で軽くキスをして、先にベッドから出たのは和樹だ。 「和樹は、1人で行ってないの?」と、まだ起き上がろうとしない涼矢が尋ねる。 「ミヤちゃんを一度、学祭の打ち合わせで連れて行ったかな。大学の近くだと話しづらいこともあったから。でも、それだけ。」和樹はトイレに向かいながら返事をした。その間に涼矢も体を起こして、しばらくぼんやりと座っていた。和樹が洗面や髭剃りをしている間もその状態だった。「まだ眠い?」と戻ってきた和樹が聞く。 「うん。でも、起きるよ。」涼矢はようやくのっそりと動き出し、あくびをしながら洗面所に向かう。その涼矢とすれ違いざまに、和樹は涼矢のピョコンと1ヶ所だけはねた髪の毛を触った。 「はねてる。」 「まじ? めんど。」涼矢は鏡を見て、和樹の言っていることが本当なのを確認すると、指先に水をつけて、髪を湿らせた。 「あ、そうだ。」和樹も洗面所に飛んできた。「頭、やってやるって。」 「結ぶの? ヘアゴムとかないけど。」 「えぇと、どっかになかったかな。」和樹は棚を見まわす。「あった。」それは和樹のヘアブラシに巻きつけてあったものだ。飾りのない、黒いゴム。  涼矢はじっとりとした視線を和樹に投げた。「……なんでそんなものがここにあるの。」 「は?」和樹はブラシからゴムを取り外しながら涼矢の不機嫌そうな顔を見た。「ああ、これ? ミヤちゃんのだよ。」 「ここに来たの? ゴム外す必要があったわけ?」  和樹は笑いだした。「違うよ、学祭の時。ミヤちゃん、スカート穿いて、頭にでっかいリボンつけてさ。終わってからまた着替えて、その時に預かって、うっかり持って帰ってきちゃった。失くさないようにブラシにつけてたけど、もう要らないだろ、半年以上前だし、俺も今の今まで忘れてた。」 「だったら結局、他人(ひと)の物だろ、それ。」 「堅いなぁ。」 「そうじゃなくても、身に着けるものだし。なんかやだ。」 「俺のパンツ穿くくせに。」 「それはおまえのパンツだからだ。」 「変な理屈。」和樹はゴムをまた元のように戻した。「じゃ、結ばないで、普通にセットしてやっから。」 「うん。」  涼矢の髪を梳きながら、和樹は思い出し笑いをした。それを不思議そうに見る涼矢の顔が鏡越しに見えた。 「おまえでも、焼き餅、焼くんだな。」 「は?」涼矢も鏡の和樹の顔を見る。 「しかも、ミヤちゃん相手に。」 「ミヤさんだから、余計に、だ。だって、あの人。」 「バイだから?」 「うん。」 「ミヤちゃん、彼女いるよ。他大の子。」 「へえ。」 「後で写真見せるよ。」 「勝手に見たら悪いよ。」 「ミヤちゃんのサークルのチラシに載ってる写真だから、いいだろ。」 「サークル、発足したんだ。」 「うん。今年度から正式にね。だからうちのサークルは辞めちゃった。代表やるから二足のわらじは難しいって。」 「そうか。」 「俺、手伝うって言った。」  涼矢の眉がピクリと上がり、背後の和樹を見た。「ミヤさんのサークル、入るの?」 「入らないよ。手の空いた時だけ。」 「ふうん。」いまひとつ納得していない表情で、涼矢は元の向きに戻った。

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